2020.04.23

ブランド・マネージャーの仕事⑤
企業の「らしさ」を育むブランドストーリー

川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター


◼️イチから始める「ブランディング」


当コラムでは、大手企業に限らず「ブランド」の重要度が増す中、BtoB企業や中小企業、地方メーカー、スタートアップ、業種・規模を問わず、これからブランディングを始められる方々に向けて、実際のブランディングの流れに沿って話を進めています。

今回は第六回目になります。何かしら取り掛かりのきっかけ、思索のヒントにしていただければ幸いです。

第0回、キックオフ篇も合わせて参照いただければ幸いです


◼️強いブランドにはストーリーがある


前回は、ブランドをカタチにするデザインフェーズに入り、その出発点となる「パーソナリティ」についてご説明しました。今回は、ブランドがユーザーから共感を得ていくために必要となる「ストーリー」づくりについて見ていきたいと思います。

マーケティング業界では「ブランドストーリー」が、ブランドの歴史を語る「ストーリーテリング」の意味で使われたり、ユーザーのブランド体験を含めた「ナラティブ」として扱われたりし、その捉え方は様々です。

ここでは、ブランドの「過去」と「現在」と「未来」の点をつなぐ線とシンプルに定義しておきたいと思います。一旦、ストーリーという言葉に含まれる物語性やレトリック、ロマンスなどの要素はおいておきましょう。

ブランディングでは、ユーザーの「共感」を得ることが一つの重要な目標になります。ユーザーはブランドの何に共感するのでしょう?商品やサービスの魅力はもちろんですが、ブランドが歩んできた軌跡や、リアルタイムに発せられるメッセージ、または未来に対する挑戦など、ブランドが商品やサービスを提供する背景に心を動かされ、共感が生まれ応援したくなる、そうしたケースも多いと思います。

スティーブ・ジョブズの有名なスピーチ、スタンフォード大学卒業式(*1)で、その「点(dot)」と「線(connecting)」について話されています。その中で彼は、大学を自ら中退したこと、その間にカリグラフィーの授業に興味を持ち忍び込んで通っていたこと、そこでタイポグラフィーの美しさ、歴史や芸術性、科学では説明できない繊細な要素があることを学んだと語っています。

その経験は後のマッキントッシュコンピュータの開発に大きく関わっていきますが、その時は「どれも、私の人生において何の実利性の望みはありませんでした。」と打ち明けています。

そして「当時、これらの点が未来に繋がるであろうことを想像することは不可能でした。しかしその繋がりは、10年後に振り返ってみると、とてもハッキリしています。」

「今いる点を未来に向けて繋いでいくことはできません。振り返った時に繋がるだけです。だから今は、今いる点がいつか未来に繋がるということを信じるだけです。」と、続きます。

これは、スティーブ・ジョブズのストーリーであり、アップルのストーリーでもあります。

当時(2005年)のアップルはというと、初代Mac mini、iPod shuffleが発売され、そしてiTunes Music Storeがサービスインした年です。iPhone全盛期の今から振り返ると、この間アップルは、常に美しいデザインにこだわり、人々をエンパワーするプロダクトを生み出し、既成概念を破るサービスを提供してきました。

(カリグラフィー授業イメージ: Ina Saltz より)
(Apple: 2005年当時の新商品、サービス)
(iPad: 今年、新しく発表されたiPadとキーボードのセット)



◼️ブランドストーリーは作ることができる


さて、歴史を捻じ曲げることはできませんが「物語る」ことはできます。また未来に向けて「夢を語る」こともできます。

ベストセラー『読みたいことを、書けばいい(*2)』の中でに「物語る」とは何か? 秀逸な例がありましたので、失礼ながらそのまま引用させていただきます。



プノンペンのジョー理論


<就職面接の一コマ>
たとえば、あなたはエントリーシートに「わたしはアジア貧困問題のエキスパートです」と書いたとする。

狙い通り訊ねられたときにどう答えるか?

「はい、私は交換留学生としてカンボジアに行き、その土地の問題と貧困について研究し、国際的な支援の方法について総合的に学びました。」

せっかく訊いてもらえたのに、この答えは0点なのである。なぜか。それは、具体性がゼロだからだ。キーワードとしては「交換留学生」も「国際的」も「総合的」も、全部不要だ。

人にせっかく訊かれたことは、情景が浮かぶように答えないと、決して覚えてもらえない。

「2017年の4月4日でした、ヒドイ豪雨の夜で、大きな雷が落ちてプノンペンの街は大規模な停電になったんです。わたしがいたレストランも真っ暗になって、暗闇の中でひと晩過ごしました。そのときにレストランのオーナー、ジョーさんという方が、停電を謝罪しながらも、こう言ったんです。この国にはまだまだ支援が必要なんです、と。そしてわたし、気づいたんです」

という風に話す。
まるで目に浮かぶように話をすれば、「ほうほう、それで君がカンボジアで気づいたことは具体的に?」とさらに訊いてもらえる。


これが【プノンペンのジョー理論】だ。わたしはこの理論を何百人もの就職生に伝授している。


ちょっと極端な例かもしれませんが、ブランドストーリーはただ事実を並べるだけでなく、こうした描写力が必要だと思います。

ブランドをカタチにしていくフェーズでは、ともかくアウトプットにとことんこだわる必要があります。皆さんが担当しているブランドの競合ブランドを見てみましょう。どこまで作り込まれているか、または作り込まれていないか。

自社ブランドが見劣りする場合、競合をベンチマークにそれを超える質の高いブランド表現を目指しましょう。もし競合ブランドの表現が優れていなければチャンスです。先んじてブランディングを強化し差をつけることが出来ます。

それでは、どのようなストーリーが共感を生むのでしょうか。



◼️もはや社会課題を抜きに「ストーリー」は成り立たない


既に遠い記憶のように感じてしまいますが、今年始めに開催されたダボス会議について、本来は世界のリーダーが一堂に顔を揃え、ビジネスや政治、経済などについて議論する会議で、ここで議論された内容は、必ず国際社会の大きなトレンドになります。

そして2020年の内容はというと、環境問題一色となり一般社会でも大きな注目を集めました。

その時既にコロナウィルスの伝染が始まっていたわけですが、国連の掲げるSDGs(持続可能な開発目標*3)の実践を含め、もはや社会課題を抜きにブランドストーリーを語ることはできないでしょう。

ブランドはこれまで以上に、どう行動するかが問われています。皆さんご存知の内容も多いかと思いますが、コロナ禍の下、世界のブランドがどのようなメッセージを発信したか、いくつか見てみましょう。

MAMMUT


Uber


NIKE


Guinness


Jaguar
https://twitter.com/Jaguar/status/1246739356762755072
Facebook


Lamborghini


New Balance




LVMH
仏LVMH、新型コロナ対策で除菌用ジェル生産へ
ルイ・ヴィトンからのメッセージ
ルイ・ヴィトン、職人300人がマスクの生産を開始。


パタゴニア
パタゴニアが全店を臨時休業 新型コロナで3月末まで
パタゴニア日本支社(リペアセンター含む)やカスタマーサービスは、3月2日から営業時間短縮、出勤人数の制限、室内の密集度を下げた環境づくり、リモートワークなどを導入して営業を継続している。


Airbnb
Airbnbが新たに打ち出す“お家”体験プログラム


ブランドコミュニティを守るためいち早く行動した企業、「STAY HOME, SOCIAL DISTANSING」を訴えるメッセージの発信、またはマスク不足など具体的に医療現場に貢献しようとする企業、各々に「らしさ」を感じさせるものでしたが、各社とも大変動きが早かったことが印象的でした。こうした活動は今も日々アップデートされています。



◼️ブランドストーリーは、企業が未来に向かうための「スクリプト」


上記のような行動が「点」となり、後になって振り返って「線」となって繋がっていく。今この歴史的事態の中で、どういった「点」を残すかで、その後のブランドストーリーは大きく変わっていきそうです。

そう考えると、ブランドストーリーは「行動」が生み出す結果であり、その行動様式でもあるのではないでしょうか。

企業文化に根差した行動、そのアウトプットとしての商品やサービス、広告や上記に代表されるような企業メッセージに至るまで。ブランドストーリーは、そうした企業の一連の営みを定め、近い将来、顧客に共感を生むための「スクリプト」のようなものかもしれません。




◼️最後に


現在、あらゆる業種、業態で様々な問題、課題が発生していますが、この状況下においては、今できることに集中するほかないかと思います。最後にもう一度、スティーブ・ジョブズの言葉を振り返りたいと思います。

現在の「点」がいずれ未来で繋がるということ。そう信じる事は、私に大きな違いをもたらしました。点と点がつながっていくと信じているからこそ、自分の心に従う自信が生まれます。そして、それが未来に違いを生むのです。


これまでのブランドの軌跡を振り返り、今いる位置を確かめ、そして近い未来、ユーザーと共感で繋がる、そんなストーリーメイクが、強いブランドを育むと思います。

さて、今回はやや抽象的な内容に終止してしまいましたが、次回はブランドをカタチにする最終段階、ブランドの「トーン」づくりについて見ていきたいと思います。


(*1)スティーブ・ジョブズ 伝説の卒業式スピーチ(日本語字幕)
(*2)『読みたいことを、書けばいい』 田中泰延著
(*3)我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ(17の目標と169のターゲット)

[筆者プロフィール]

川内 祥克

株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。

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