2025.05.22
情緒的価値への誤解。BtoB企業にこそ必要な“機能的価値からのブランド再構築”
野中 正也 株式会社TCD プランニングディレクター

昨今、BtoB企業のブランディングにも「共感」「世界観」「物語」といった、感性に訴えるキーワードが多く見られるようになりました。これは決して悪い傾向ではありません。むしろ、こういった情緒的価値は、ブランドを記憶させ、選ばれる理由になる重要な要素です。
しかし、ここで気をつけなければならないのは、「機能的価値が伴わない情緒的アピール」は、ブランドを空洞化させてしまうこともある点です。このバランス感覚こそが、いまBtoB企業に求められているブランディングの視点ではないでしょうか。
情緒的価値の本質とは「同じなら、より好きな方を選びたい」という心理
たとえば、同じような業務効率化ソフト。導入のしやすさも、UIも、コスト感も、ほぼ同等。そんな時、最終的に意思決定を左右するのは、「なんとなく信頼できる」「この会社の理念が好きだ」「ここの社員は誠実そうだ」といった“情緒的価値(感情による安心感や好意)”であることが少なくありません。つまり、機能的価値や便益が同水準なら、情緒的価値で差がつく。これは、BtoBでも明確に起こっている現象です。だからこそ、機能的価値に裏打ちされた情緒的価値の“設計”は、ブランディングにおいて極めて有効です。
誤解されがちな「情緒ブランディング」“機能なき情緒”は逆効果
ところが、こうした情緒的価値の重要性が語られる一方で、本来の「機能的な差異」や「採用するメリット」の解像度が低いまま、「ストーリーで共感を」「クリエイティブで世界観を」といった表現に頼りすぎてしまう企業も散見されます。その結果、どうなるか。
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・「言っていることはもっともだが、結局他と何が違うの?」
・「カッコイイけど、具体的には何ができるの?」
・「熱量はわかるが、技術的に大丈夫か?」
・「理念は立派だけど、実態に見合うのか?」
そんな“受け手のもやもや”を生み出し、ブランドはかえって不信感を持たれてしまう。これは、機能的価値が他社に比べて著しく劣っている状態で、情緒に頼りすぎてしまった典型です。つまり、「機能で語れないブランドは、情緒でも信用されない」。この冷静な視点が、いまこそ必要だと感じます。
「機能→情緒→ブランド価値」の順番を正しく設計する
あらためて、ブランド価値設計において重要なのは、価値をどう積み上げていくかという設計順序です。
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1.事実に基づく機能的価値・便益を正しく定義し、磨く
– それは、導入先の成果や安心感にどうつながるか?
2.そこから自然ににじむ“感情”“評判”といった「らしさ」をすくい上げる
– 姿勢、哲学、技術開発力といった感情を動かす背景
3.情緒的価値、社会的価値として表現を設計する
– 言葉、映像、デザイン、最適な顧客体験へと変換する
この順序を踏むことで、機能や便益を土台にした「意味のある情緒」が醸成されるのです。
真に“伝わる価値”をつくるために
BtoBの顧客は、信頼や共感を重要視する一方で、判断は極めてシビアです。彼らが求めているのは、「感動した」ではなく、「納得した」「選ぶ理由があった」かどうか。だからこそ、機能的価値を再定義することは、ブランドの情緒的価値と社会的価値の“信頼性”を担保する行為とも言えます。誤解されがちな情緒訴求。けれど、正しい順序で設計された情緒は、BtoBブランドに確かな“アイデンティティ”を与えてくれます。
TCDでは、100業種以上のブランディング支援を通じて培った知見を活かし、企業や商品、サービスの機能的価値を掘り下げ、言語化し、そこから情緒的価値へと昇華させていく設計力に強みがあります。
単なる感性ではなく、事業の本質に根ざした「持続する共感」を育てるブランドづくり。それこそが、私たちが取り組むべきブランディングの本質です。情緒的価値に“頼る”のではなく、機能的価値を通して、情緒的価値を「感じさせる」ブランドへ。
それがこれからの、BtoB事業における“意味のある差別化”だと考えています。
[筆者プロフィール]
野中 正也
株式会社TCD プランニングディレクター
企業ブランディングを中心に、コンセプト開発からアウトプットプラン構築、クリエイティブまで一貫して手がけている。宇宙旅行に興味津々。