2026.01.27
生成AIと、商品ブランディングの「聖域」
山崎 晴司 株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター

領域を横断し、加速するクリエイティブとAIの「今」
今、クリエイティブの現場では、生成AIの進化が目を見張るスピードで進んでいます。商品ブランディングの領域でも、マーケティングからデザインまで、従来は分業されていた工程が、生成AIによってなめらかに繋がり始めています。
たとえば、ChatGPTやGeminiなどのテキスト生成AIでは、市場データやユーザーインサイトに基づいたネーミング案の発散・整理が可能になりつつあります。
MidjourneyやDALL·Eといった画像生成AIを活用すれば、商品の形状やパッケージのビジュアル案を複数パターンで可視化し、関係者間での認識共有に役立てるケースも増えています。さらに最近では、Soraなどの動画生成AIによって、商品の世界観や体験のシーンをビジュアル化する、といった構想も注目され始めています。
まだ実証段階のものも多いとはいえ、こうした技術群が商品開発やブランド体験設計のプロセスを加速させる存在であることは、間違いありません。
「平均値」「部分最適化」が招く、ブランド価値の陳腐化
しかし、ここで私たちは一つの大きな問いに突き当たります。AIが「もっともらしい正解」を無限に生成できるようになった今、それらを組み合わせるだけで、果たして顧客に長く愛されるブランドは生まれるのでしょうか。
弊社副社長の川内も自身のコラム「AI時代だからこそ、平均の外側へ 〜デザイン徒然話⑥」で述べている通り、AIが導き出す回答は、あくまで過去の膨大なデータの統計的な「平均値」の集積です。一方で、人の心を震わせ、時代を切り拓くブランドの価値は、その計算式からは決して生まれない「情緒」や「外れ値」といった、極めて人間的な熱量の中にこそ宿ります。
前回のコラムで、私はデザイン経営の始まりとして「まずはブランドのアウトプットを、想いのもとに整えることからスタートしましょう」とお伝えしました。AIは領域ごとに「100点満点の平均値」を出すことは得意ですが、それらを貫く「想い」までは持ち合わせていないからです。
部分最適化された「平均値」のアウトプットをバラバラに繋ぎ合わせるだけでは、ブランドは「断片化」し、どこか既視感のある、魂の抜けたプロダクトに陥ってしまいます。商品開発のスピードが上がれば上がるほど、それらを束ねる「ブランドの背骨」がなければ、商品は一過性の消費物として埋没してしまうのです。
ブランドの「想い」を、AIの「羅針盤」に
「想い」は、企業の内側に深く沈んでいる「創業の志」や「技術への自負」、あるいは「社会に対する願い」を掘り起こす、孤独で熱い作業から始まります。この「想いを紡ぎ出すプロセス」こそが、AIがどれほど進化しても踏み込むことのできない、ブランディングにおける「聖域」に他なりません。
AIによって「もっともらしい言葉や形」が溢れる時代だからこそ、「人」が自らの血肉を通わせた言葉で語るブランドの背景(ナラティブ)が、かつてないほどの希少価値を持つようになっています。最近では、キリンホールディングスが意思決定の支援に生成AIを活用する試みを始めていますが、これは長年培ってきた「独自の知見」を構造化し、判断の拠り所にしようとする動きの一端と言えるでしょう。
私は、この「聖域」で守り抜かれた独自の価値観やブランドコンセプトを、AI時代における一つの羅針盤、いわば「ブランドプロンプト(独自の判断基準)」として、いつでもAIに受け渡せるレベルまで言語化し、整理しておくことが、これからのブランディングの柱になると考えています。
「コンセプト」を「プロンプト」にする意義とは
ブランドコンセプトが「何を語るか」というブランドの魂(中身)であるならば、ブランドプロンプトは、その魂をAIという道具に正しく実装し、一貫したアウトプットを導き出すための「動かし方」の指針です。このようにブランドを構造的に捉え直すことで、次のような意義が生まれると考えられます。
⚫️「一貫性」のシステム化への備え
ブランドの解釈を個人のセンスに委ねるのではなく、AIという巨大な労働力に「自社らしい判断」を再現させるための共通言語を持つことができます。
⚫️「目利き」の精度の向上
AIに受け渡せるレベルまでブランドを定義するプロセスそのものが、社内メンバーの審美眼を研ぎ澄まし、ブランドの核心を再認識することに繋がります。
⚫️ブランド資産の永続的な継承
成功のDNAをデータとして構造化しておくことで、担当者が変わっても「ブランドの魂」を未来へ正しく受け継ぐための強力な武器となります。
「人とAI」で向き合う、ブランディングの視点
では、具体的に企業は生成AIとどう向き合っていくべきか。生成AIは、クリエイティブの「加速装置」として大きな可能性を秘めていますが、同時にブランドを「平均化」させ、個性を失わせるリスクも孕んでいます。重要なのは、AIによる効率的な発散と、「人」による意志を持った収束を高い次元で両立させることです。具体的には、以下の3つの視点で向き合うべきだと考えています。
(1)AIでアイデアを広げ、人が「個性」を際立たせる
自社の想いをベースにAIでアイデアの「数」を出し、自分たちだけでは辿り着けない意外な切り口を探索する。ただし、AIの回答はあくまで統計的な「正解」に過ぎません。そのままでは無難なものに陥るため、最後には必ず人間が独自の「外れ値」や違和感を加え、ブランドの個性を際立たせることが不可欠です。
(2)AIで素早く可視化し、人が「細部」を詰め切る
言葉では伝わりにくい空気感やトーンをAIで瞬時にビジュアル化することで、関係者間の認識のズレを早期に解消できます。一方で、AIが生成した「もっともらしい表現」に妥協してはいけません。ブランドの核心については、「人」の感性による細部への微調整が、その実在感を左右します。
(3)AIで一貫性を整え、人が「信頼」を担保する
「ブランドプロンプト」に基づき、多岐にわたるアウトプットの質を一貫性を保ったままスピーディに整える。これはAIの最大の利点ですが、著作権や情報の真偽といった法的・倫理的リスクには常に注意を払う必要があります。世に出る最終的なアウトプットの責任は、いかなる場合も「人」が負うという覚悟が必要です。
一貫性を生み出す「中継地点」の重要性
AIによる部分最適化が進むなかで、最も陥りやすい罠は「商品は商品、企業は企業」と、アウトプットがバラバラに断片化してしまうことです。AIを使えば見た目の良い商品はスピーディに作れますが、そこに企業のパーパス(想い)が宿っていなければ、それは単なる「機能を持った物」に過ぎません。
ここで重要になるのが、企業のパーパスと実際の商品を繋ぐ「ブランドアイデンティティ」の存在です。

上図のように、企業の根幹である「パーパス」を、具体的な商品の「らしさ」である「PI(プロダクト・アイデンティティ)」や、視覚的な一貫性である「VI・AI」へと正しく翻訳する工程が必要です。
この中間層(アイデンティティ規定)が明確であって初めて、AIは「企業の意志」を反映した道具として機能します。逆に言えば、この設計図がないままAIを活用しても、企業としての一貫性は希薄になり、ブランドの力は分散してしまいます。
実務において「ブランドプロンプト」を作るということは、まさにこの「PI」や「VI」といったアイデンティティの規定を、AIが迷わないレベルまで研ぎ澄ます作業に他なりません。
最後に問われるのは、一貫した「実在感」
結局のところ、商品ブランディングにおいて最後に問われるのは、各要素がどれだけ高い次元で一貫しているか、という点に尽きます。
まず、すべての起点となるべき「ブランドコンセプト(パーパスや想い)」をしっかりと固めること。その上で、その思想をプロダクトアイデンティティとして魅力的な「商品(ファクト)」へと具現化すること。 そして、その魅力が商品やパッケージデザイン、店舗、サービス、プロモーションといったあらゆる「顧客接点(エクスペリエンス)」において、共感を生む体験として地続きに繋がっていること。
AIはこの一貫性を構築し、実装していくプロセスを劇的に加速させる強力な「プロンプト(指示体系)」になり得ますが、そのもととなる「想い」までを生み出すことはできません。これらの各要素を貫く物語を編み上げられるのは、他ならぬ「人」の意志だけなのです。
結びに
テクノロジーはこれからも進化し続けます。そして、私たちTCDはAI活用の先駆者ではありません。しかし私たちの本分は、ブランドを強くし、永く愛されるものへと導くこと。日々刻々と進化するAIの動向を冷静に注視し、最適な「向き合い方」を模索し続けること。それが、これからの私たちに求められる誠実さだと考えています。
「その商品は、AIが描いたもの? それとも、あなたの情熱ですか?」
テクノロジーを賢く味方につけながらも、決して変わらない「ブランドの聖域」をどう守り、育てていくか。バラバラになりがちなアウトプットを一つの物語へと編み直していく。そんなこれからのブランディングを、皆様と共に歩んでいきたいと考えています。
[筆者プロフィール]
山崎 晴司
株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター
企業や商品に関するブランドの立ち上げやリニューアルに長年従事。 ブランドに自信と力を与え、ステークホルダーの深い共感を生み出すことを目標に、新商品開発、コンセプトや戦略策定、トータルクリエイティブをサポート。