ニューヨークを救った「I♥NY」

「BE INSPIRED」では、TCDのグローバルチームが日本以外の視点から見たブランディングに関する海外のトピックスをお届けします。
6回目は、ニューヨーク在住経験のあるグラフィックデザイナーが「I♥NY」ロゴについてご紹介します。

2016年にニューヨークを訪れた国内外の観光客数は6,000万人を超え、過去最多数を更新しました。今では魅力的な観光都市に成長を遂げたニューヨークですが、かつては誰も行きたいと思わない危険な街でした。あまりに有名な「I♥NY」のロゴはそんな時代のディスティネーションキャンペーンの一環として誕生しました。


左:Milton Glaser photographed by Sam Haskins 右:「I♥NY」ロゴ Image from Wikimedia Common

暗黒の時代

はじめに、「アイラブニューヨーク」キャンペーンが誕生した背景を知るために、当時のニューヨークについて振り返ります。1960年代後半から70年代半ばのニューヨークは、今の姿からは想像できないほど荒廃していました。街は汚くゴミだらけで、強盗や暴動が増加し、犯罪率は過去最高を記録。ニューヨークは、財政破綻の危機に直面し瀕死の状態で公務員の大量リストラが続いていました。イタリア・アリタリア航空の1971年の広告では、ローマからワシントンDC、ボストン、デトロイトへの直行便就航において「ニューヨーク(便)は消滅する」という皮肉をこめたキャッチコピーで伝えました。空港では、『恐怖都市へようこそ〜ニューヨークサバイバルガイド』というタイトルのパンフレットが配布され、18時以降にひとりで歩かない、バスや電車を利用しないなどのアドバイスが書かれています。


左:イタリア・アリタリア航空の広告 1971年 右:「Welcome to Fear City」パンフレットの表紙 1975年

「I NY」ロゴの誕生

財政難を打開する為に、ニューヨーク州商務局は観光で財政の立て直しをはかります。広告代理店のウェルズ・リッチ・グリーン社を起用し、観光客を呼びもどすキャンペーンを計画。そこで、「アイラブニューヨーク」というスローガンが誕生し、スティーブ・カルメンによるテーマソングが生まれました。また、ロゴ制作を依頼されたのはニューヨーク出身のグラフィックデザイナー、ミルトン・グレイザーでした。彼が提案したロゴは、「I Love」と「New York」の文字がそれぞれ黒い矩形に入っているデザインでしたが、それからしばらくして、ミルトン・グレイザーは仕事に向かうタクシーの中で「I♥NY」のロゴをふと思いつきました。封筒の裏にクレヨンで書いたロゴをクライアントに見せたところ気にいられ、「I♥NY」のデザインが最終的に採用されることとなりました。ニューヨークの再興に貢献したいという思いから、デザイン料はもらわなかったようです。


左:最初に提案したロゴ 右:ミルトン・グレイザーのオリジナルスケッチ Image from www.miltonglaser.com

1978年のバレンタインデーに、ブロードウェイの俳優、歌手、ダンサーが次々に「アイラブニューヨーク」のテーマソングを歌うTV-CMは、全米とカナダで5週間にわたってオンエアされ、キャンペーンは大成功。旅行に関する問い合わせが急増し、「I♥NY」のロゴが入ったTシャツやマグカップなどのグッズも次々に制作されました。面白いことに、これらの成功はニューヨーカーの意識にもポジティブな変化を与えました。自分たちの街へのプライドと愛着が芽生え、平気でゴミが投げ捨てられていた街の通りはきれいになりました。ロゴとスローガンだけが、人々の意識改革をもたらしたとはいえませんが、きっかけとなったことは間違いないでしょう。


「I love New York」キャンペーンTVコマーシャル

デザインとは愛着

「I♥NY」のロゴは今年40周年を迎えますが、現在もニューヨークの観光キャンペーンに使用されています。ロゴの登録商標権は、現在ニューヨーク州観光局が持っており、「I♥NY」のロゴが表示されたマグカップ、Tシャツなどのライセンス商品のライセンシング契約による収入は年間で30億円にのぼるそうです。「I♥NY」をパロディにしたアイテムも世界中で制作され、数えきれません。ここまで「I♥NY」のロゴが人々に受け入れられたのはなぜでしょうか。『LOVE』を『』に置き換えただけのシンプルなデザインですが、誰が見ても瞬時に伝わることが国を越えて愛される一つの理由であり、革新的なアイデアとも言えます。ミルトン・グレイザーは「ほとんどのデザインは、愛着を湧かせるためにある」と語っていますが、40年経っても愛される「I♥NY」はまさにそれを体現したデザインといえるのではないでしょうか。


左:ニューヨーク州観光局のホームページ https://www.iloveny.com/
右:ライセンスグッズ Images from NYC webstore


参照)
NEW YORK POST | New York’s most iconic logo almost didn’t exist
Does ‘I Love New York’ Help Create a Brand for New York City? | OBSERVER
A Brief History of the “I Love New York” Logo | Logoworks BLOG
米NY観光客、6000万人超で過去最多更新 中国からが2位に浮上 | REUTERS
Milton Glaser Critiques Modern Beer Art | The New York Times


[筆者プロフィール]
大杉涼子 株式会社TCD チーフデザイナー
大学卒業後に渡米。ニューヨークのFashion Institute of Technologyでグラフィックデザインを専攻。デザイン会社勤務を経て帰国し、2013年にTCDに参加。主にパッケージデザインに従事。