2011.11.30

今、改めて問われる地域と歴史

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 現在、世界で最も高級ブランド、そしてショップがあふれている街は、中東のドバイではないか、という説があります。産油国で、派手好き、社交好きな王室がある。アジアとヨーロッパ、アフリカ、中東を結ぶハブの位置にあり、世界の航空会社のクルーという最も流行に敏感な人種がステイし、情報交換、発信を行なう街。実はこの街が、21世紀のブランドを考える大きなヒント、生きた実験室ではないかと私は考えています。

 富の集まる所にはモノも集まり、ブランドの競争が生まれ、新たな文化が創造される可能性が生まれます。ルネッサンスも、パリやニューヨークのモードも然り。もちろん、20世紀前半のパリやニューヨークを持ち出すまでも無く、若いユニークな世代がその都市に集まる必要があります。いち早くポスト工業化社会、情報化社会の到来を予見したアメリカの社会学者D.ベルは、その著書で1930年前後にニューヨークに集まったユダヤ系知識人(インテリゲンチャという言葉もこの時代に広まった)を列挙していますが(『二十世紀文化の散歩道』ダイヤモンド社、1990年)、そうそうたる顔ぶれです。

 ウィーン、パリ、ニューヨークと続いた富と文化と人材蓄積地域の流れが、21世紀に入って上海やドバイ、ハイデラバード(インド)といったアジアエリアに向かうのか。そして日本――東京は。

 東京の場合、あのバブル時代にかなり惜しい所まで来ながら、経済崩壊と言葉、通信の壁で世界文化のリーダーとなりそこねてしまいました。もしリクルート事件があんな形にならず、情報ネットワークの整備が早く進んでいれば、アニメと寿司以外に残せた文化がもっとあっただろうに、と思えます。嫌な予感ですが、このままだと20世紀前半に一瞬、世界最高水準の都市となった南米のようになってしまいそうな気がします。上海も、地域と言語の壁は意外に大きいのではないかと思います。

 その点、ドバイは事実上、英語が公用語になっており、多民族(インド系がアラブ系より多く、白人、アジア、アフリカもほどよく混じっています)国家。結果としてイスラム色の薄い、宗教的制約の極めて薄い街です。飲酒は当然、豚肉を出すレストランさえあります。通信は最高峰。気になる気候も、理想郷とも言うべき近代的オフィス、マンション、ホテル、ショッピングセンターを廉価なタクシーで繋げば1つの巨大なドームにいるようなもの。かつて神の怒りを買ったバベルの塔の再構築を試みているような街です。

 そして、世界から人材を集める試みが続けられています。ゴルフ、競馬、テニス、ヨット、F1(これはバーレーンですが)といったハイクラス・スポーツの国際大会の開催。ラスベガス以上の巨大で豪華なリゾートホテルの建築ラッシュ。ヴィトンやエルメスが軒を並べる巨大なショッピングモール。ファッションショー。スポーツ、アート、建築、サービス業の人材が集まり、メディアが集います。彼らの好みを満たすべく、地中海料理(イタリアン、フレンチも含めて)にファーストフード、アラブ、インド、アジア料理をミックスしたドバイテイストとでも言うべき新しい料理が既に生まれつつあります。

 中東情勢の不安定という問題があるものの、人種・国籍の枠を越えた、リーダー階層が集まる街にドバイはなっています。出稼ぎ労働者まで紳士とするような、モラールの高さもあります(実に安全な街です)。

 実は先日、1週間にも満たない短い滞在ながらドバイに行き、世界最高峰の競馬を見てきました。本当に、パーティドレスで着飾ったご婦人方で埋め尽くされるスタンドを見ながら、ベルの言葉を思い出しました。資本主義の発展形である情報化社会では、社会構造と文化の二重の層で世俗化する。経済は経済的必要性で発展するのではなく、快楽主義的な文化的欲望を促進するために動く。まさに時代はこう動いてきました。一瞬のために、あるいはたった一つのモノのために、それに感動する自分を感じることで人は自分の個性を手に入れたと思い、自らの生を実感します。私自身、ドバイワールドカップで馬群から抜け出すローゼスインメイという名馬の姿がスクリーンに大写しになった時、人生でも最高に近い昂揚感を味わいましたが。

 このベルがずっと説いていたのが、社会調査への疑問――世代をきちんと追わなければ世論調査に意味など無い――ということであり、今と未来の関係を探るには歴史を探れ、と言うことでした。

 今年1年、私が書いてきたのは、世代、教育をまず考えましょう、全体を追わず、クラス(階層)とその移動に着目してみましょう、と言うことでした。そこに歴史を踏まえた仮説をきちんと立てる――「この世代、このクラスの人は何のために生きるのか?その生きかたをこの商品はどう手伝えるのか」――ことが、これからのマーケット予測に最も大切なものだと書いて、一応のまとめとしたいと思います。

 それにしても、今年度の最後にドバイに巡り会えたのは幸運でした。現代人類の直面する最大の課題である宗教、人種の葛藤に対し、それが何によって克服できるかを実験している街です。克服の鍵は、富と快楽、すなわちブランドであり、階層限定的なものではあるのですが。しばらく、ドバイ移住計画を真剣に立ててみようと思っています。ありがとうございました。

[筆者プロフィール]

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