2026.02.19

パーパスの体現としてのネーミング 〜名付けの前に「意志」を整えることが重要〜

由良 綾子 株式会社TCD コピーディレクター

そのネーミングは「記号」ですか?「資産」ですか?

新しい事業を立ち上げる際や、組織の再編を行う際、私たちはネーミングを巡って多大なる議論を交わします。呼びやすさ、音の響き、あるいは商標登録が可能かといった機能的な条件は、確かに重要です。しかし、そうした条件をどれだけ満たしていても、どこか「しっくりこない」という違和感が残ることがあります。

違和感の原因は、言葉そのものの良し悪しにあると考えていませんか。実は、その手前にあるべき「経営の意志」、すなわちパーパスやコンセプトが十分に整っていないことに起因している場合がほとんどです。
本来、ネーミングとは単に商品を識別するための「記号」ではありません。その事業がどのような価値を社会に提供し、どのような文化を育んでいくのかという、ブランドの本質をたった数文字の言葉へと凝縮した「資産」なのです。


ネーミングを議論する前に、土台を整える

デザイン経営において、デザインの本質は見た目を整えることではなく、企業の「らしさ」を構造的に整え、一貫性を持たせることにあります。この視点から言えば、優れたネーミングは、何もないところから突然生まれるものではありません。

TCDがブランド構築を支援する際、まず起点に置くのは「ブランドコンセプト」です。コンセプトを軸にして、ネーミング、ロゴデザイン、タグラインのすべてを一貫した思想で結びつけることで、初めてブランドの独自性が際立ちます。

したがって、ネーミングを議論する前に、まず土台である意志が十分に整っているか、解像度が高まっているかを自問する必要があります。土台が曖昧なままでは、どれほど言葉を尽くしても、組織の求心力を生むネーミングには辿り着けないからです。


企業のフェーズによって異なる、ネーミングの役割

この「整える」というプロセスは、企業の置かれた状況によってアプローチが大きく異なります。ここでは特に、新規事業とリブランディングにおける観点の違いを整理しておきたいと思います。
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新規事業における「拡張性」
新たな市場に挑戦する際、ネーミングには現在の手札を説明する以上の力が求められます。

・未来への予言性:5年後、10年後に自分たちが成し遂げたい、組織の成長を牽引するコンセプトに基づいているか。
・カテゴリーの開拓:新しい市場や文化を創り出すという意志が込められているか。
・ターゲットへの約束:潜在顧客に対し、自分たちがどのような体験を届けるかを直感的に伝えられるか。



ブランディングにおける「再定義」
事業の統合や組織再編に伴うネーミングは、分散してしまったブランドの原資を編み直す作業です。

・資産の再定義:創業時の想いや培ってきた強みを、現代の価値観に照らしてどう活かすか。
・組織の求心力:全社員が「自分たちの新しい旗印」として誇りを持てる言葉になっているか。
・一貫性の回復:バラバラになった事業活動をひとつの思想で貫き、ブランドの信頼性を再び整える力があるか。


組織文化を駆動させる「最短のパーパス」

「ブランドを作ることは、文化を作ることである」という考えに立てば、ネーミングはインナーブランディングの核となります。正しく整えられたパーパスを内包したネーミングは、社員にとって最短で最強の「行動指針」となるからです。

優れたネーミングは、社内外におけるコミュニケーションのコストを劇的に下げます。「私たちのネーミングはこういう意味だから、このサービスはこうあるべきだ」という自律的な判断基準が組織に生まれるのです。逆に、中身の整っていないネーミングを掲げてしまえば、現場に混乱を招き、ブランドの一貫性は損なわれてしまいます。言葉と実態が「整っている」こと。この一貫性こそが、他には真似できない独自の企業文化となっていくのです。


ロゴデザインが生み出す独自の世界観

言葉と実態が整ったネーミングを社内外に浸透させ、真の力を発揮するには、ロゴデザインとして形にすることが有効です。「どのように感じてもらいたいか」を視覚化し、さまざまなツールに一貫して使用することで、独自の世界観を醸成し、社内外への説得力を高め、記憶への定着を促します。

ここでTCDが手がけたネーミング・ロゴデザイン・タグラインの事例をご紹介します。


ハカルプラス株式会社(旧タケモトデンキ株式会社)
電気計測機器や産業用計量システムなどをコアドメインとする同社は、100周年を機にリブランディング、社名変更を実施。社内外に「らしさ」を訴求すると同時に、全社員の指針となるよう、ヒアリングや議論を重ねて決定した社名には「『はかる』を通じて、これまでにない新たな価値をつくり出し、社会の課題を解決する」という強い想いが込められています。ロゴ、タグラインをはじめ各ツールにも同じ思いが貫かれ、展示会や採用での好反応にもつながっています。

https://www.tcd.jp/works/corporate/hakaru.html


QUOM(日本ゼトック株式会社)
人生100年時代における介護の課題解決を目指した、口腔ケア製品ブランド。要介護者の気持ちに着目して生まれたコンセプト「要介護者の生きる力を引き出す口腔ケア」を、「Quality Of Mouth(お口の質)」に由来したネーミング「QUOM(キュオム)」に集約しました。ロゴマークは「話す」「笑う」「食べる」といったお口から生まれる楽しみや喜びをビジュアル化し、パッケージやWebサイトなどに展開。介護のイメージをポジティブに導く、トータルな世界観を醸成しています。

日本ゼトック株式会社「QUOM」

https://www.tcd.jp/works/product/quom.html


未来へつなぐ経営判断

ネーミングを検討するプロセスは、単に言葉のバリエーションを得るためのものではありません。自社の中に眠っている「まだ言葉にならない想い」を掘り起こし、客観的な価値へと翻訳していく、経営を整える貴重な機会です。

一過性の流行やトレンドだけで選ばれたネーミングは、時間の経過とともに形骸化していきます。数十年先まで機能し続けるのは、経営者の想いと社会的な大義が、その数文字、数音にまで集約された言葉です。

貴社のネーミングは、パーパスを正しく物語っているでしょうか。そして何より、そのネーミングを冠する前に、貴社の意志は十分に整えられているでしょうか。
大切な資産として、未来へとともに歩み続けていくネーミングを導き出すために。まずは意志を整えるという土台から始めていただきたいと考えています。

[筆者プロフィール]

由良 綾子

株式会社TCD コピーディレクター

コンセプト、パーパスの策定から、ネーミング、コピー、コミュニケーションまで、「らしさ」を言語化し、相手の心身を動かす多様なブランディング、コピーライティングに携わる。二級知的財産管理技能士。

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