シリーズ企画:マーケティングの新潮流③ 「ユーザーイノベーション」

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今回はマーケティング新潮流の最終回。最後はアカデミズムの世界で何が注目されているのかを紹介したいなと思い、知人の大学の先生に「今経営・マーケティングで何がホットなテーマなのか」という質問をぶつけてみました。即座に返ってきた答えが「ユーザーイノベーション」。正直に言うと私はこの言葉を聞いたことがありませんでした。

イノベーションとはこれまでにない新しいものを生み出すこと。その主体は技術力のあるメーカーと考えるのが当然で、消費者が革新的な製品を生み出すということはイメージしにくいですよね。特に日本のメーカーはものづくりへの自負が強く、消費者がそのイニシアティブを握るなどということは想像もできないというのが正直なところでしょう。日本でユーザーイノベーションはまだまだ馴染みの薄い存在です。

しかし、多くの製品イノベーションが、消費者や流通業者などメーカー以外のプレーヤーによって実現されていることが明らかになってきており、世界中の産官学から大きな注目を集めています。世界的化学メーカーである3Mはユーザーイノベーションを自社の製品開発プロセスに導入し大きな成果を挙げています。デンマークやカナダ、英国などではこの考え方を国家の産業政策に導入しようとする試みが始まっているそうです。

この分野の権威であるMITのエリック・フォン・ヒッペル教授を中心とするグループが英国で実施した調査では、「過去3年間に仕事以外の目的でゼロから製品創造するか既製品に手を加え製品改良したことがありますか」という質問に対し、6.2%が経験ありと回答しています。つまり290万人の英国民が製品イノベーションを行っていたことになります。ここで支出された金額は推定で6500億円。英国の全消費財メーカーの研究開発費の2.3倍にあたるというから驚きです。

ユーザーイノベーションが生み出された分野は、①工芸・工作道具(23%)、②スポーツ・趣味(20%)、③住居関連(16%)、④造園関連(11%)、⑤子供関連(10%)、⑥乗物関連(8%)、⑦ペット関連(3%)、⑧医療関連(2%)、⑨その他(7%)と多岐にわたっています。ここから製品化されたのは17%ということで、残りの80%強は個人の使用に留まっていることになります。

モノづくりのプロであるメーカーからみると、多くの製品は手作り感満載のもので、完成度が高いとは決して言えないものです。だからといって「ユーザーイノベーションは大したことない」とバッサリ切り捨ててしまっては本質を見誤ることになると思います。消費者は決して既存品に満足しているわけではない。まだまだ改良や開発して欲しいニーズを持っている。しかし、メーカーには経済ロットの縛りがあり、一定以上の需要が見込めないものは製品化をしてきていません。こうしたエアポケット的なニーズにきめ細かく対応しようとしているのが流通や卸です。メーカーでは間尺に合わない需要でも、流通業なら十分メリットがあります。とりわけユニクロ、無印良品、アイリスオーヤマなどに代表される商品企画機能を持つ「製造小売業」では自ら製品イノベーションを実現することができます。これからのメーカーは小売機能を持つかどうかは別にして、見逃してきた「経済ロットにならないニーズ」を取り込んでいく必要があると思います。大きな「池」だけを狙う効率主義ではなく、小さな「池」を見つけてこれを拡げていくようなきめ細かい動きが今後のメーカーには不可欠になると思います。

ユーザーイノベーションに早くから取り組んでいる日本企業の代表格が無印良品です。ネット上に消費者参加型の製品開発サイトを立ち上げ、消費者なら誰でも自分が欲しいと思う製品アイデアを投稿したり、製品候補案に対して投票できるようにし、製品化の決定も消費者の投票結果に愚直に従うことを徹底してきました。無印良品が採用した手法は、製品開発のアイデアを群衆から調達するという意味で「クラウドソーシング」と呼ばれ世界から注目されています。

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無印良品 モノづくりコミュニティー

ところで伝統的な製品開発手法とユーザーイノベーションは何が違うのでしょうか?神戸大学の小川進教授によると、一つは不満や要望といったニーズだけでなく問題解決のアイデアも収集していること、そしてもう一つが多種多様なユーザーの膨大な意見に傾聴していることが大きな相違点だそうです。特に後者の「ユーザーの多様性」が重要で、これが社内の専門家の能力を超えて新規性や独自性の高い製品を創出する原動力になっているようです。これはLinuxなどのオープンソースソフトウエア(OSS)の改良が世界中のプログラマーの力でスピーディに行われるのと同じです。

ついこの間まですべての技術を自前で揃えてきた日本の製造業。優れた技術は他社と組んで積極的に取り入れるオープンイノベーションの考え方が浸透し、自前主義とはようやく訣別できました。今はまだ馴染みの薄いユーザーイノベーションですが、近い将来、製品開発のスタンダードになっているかも知れませんね。


ユーザーインサイト、パーソナルマーケティング、そしてユーザーイノベーションを紹介してきた「マーケティングの新潮流」は今月で一旦終了します。今後も定期的にホットな話題をレポートしていきたいと思いますのでお楽しみに。


[筆者プロフィール]生山久展 株式会社TCD 取締役 クリエイティブディレクター
戦略開発、調査・分析、商品開発、販促展開まで幅広いブランディング業務に従事。
30年余の実務経験をベースに、的確な現状分析から本質的な課題解決のプランニングを得意とする。