2022.08.03
コーポレート・ブランディングの「効果」はどう測るのか
ブランディングを成功に導くKPIの設定とは?
生山 久展 株式会社TCD ブランディングオーソリティー
目標を定めず、何となくブランディングを始めていないか
日本においてブランディングという概念が用いられるようになって20年が経ちました。ここにきて、ブランディングという言葉はビジネスシーンの中で当たり前に使われるようになり、市民権を得た感があります。業界や企業の規模に関係なく、多くの企業がその重要性に気が付き、ブランディングに取り組むようになってきています。しかし、思うような「効果」を上げられていない企業も少なくありません。こうした企業の共通点として、明確な目標を定めずに、何となくブランディングを始めてしまっているということが挙げられます。
製品ブランディングの場合は、売上という明確な指標があるので、すぐにブランディングの「効果」が数字で明確になります。一方、コーポレート・ブランディングの場合は、なかなか短期的な「効果」は出てきにくいものです。ブランディングに取り組んだものの、目に見えての変化が感じられないために、投資効果を求める経営陣から突き上げを喰らうというようなことも珍しくありませんね。
コーポレート・ブランディングの効果は、ジワジワ出てくるものであり、この予兆を先行指標として捉え、効果が出始めているのかどうかを「見える化」していくことが必要です。この先行指標がブランディングのKPIになります。この戦略的な設定と適切なコントロールがブランディングの成否を分けるポイントと言えます。
戦略的KPI設定は、ブランド課題の特定から
図1は、顧客のブランドへの認識・評価を類型化したものです。知名集合から処理集合、考慮集合、推奨集合へ進むほど、顧客の評価やロイヤリティは高くなっていきます。ブランディングの出発点は、まず自社のコーポレート・ブランドの現状実態を正しく把握するところから始めます。
自社ブランドは、そもそもの認知の低さが問題なのか、認知はあるけれど検討対象になれていないのか、検討対象には入れているが想起順位が低いのか、推奨してもらえるくらいのロイヤリティが築けていないのかなど、どこに課題があるのかを見極めます。そしてこのブランド課題を解決するための目標指標=KPIを設定することが重要です。
「単純認知率」ではなく「内容認知率」の向上を重視する
さて、ここからは代表的な目標指標=KPIを見ていきたいと思います。まずはブランド認知から。ブランドの「実体」は顧客の頭の中にあるものなので、顧客に知られていなければブランドは存在しないのと同じになります。
しかし、企業の名前だけ知っているという「単純認知率」はあまり大きな意味を成しません。「単純認知率」だけを上げても、好き・嫌いの感情面や、利用・取引・投資・就職といった行動面にプラスの影響を及ぼすことが少ないからです。
重要なのは、その企業がどういう事業・製品・サービスを展開しているのかという「内容認知率」を高めることです。とりわけB2B企業の場合、巨大企業でもビジネスパーソンでの「内容認知率」は20-30%にとどまります。つまり大半のビジネスマンは「何をやっている会社」か分からないわけです。この状態のままでパーパス、ビジョン、提供価値などを訴求しても、文脈として企業価値が伝わりにくく効率のいいコミュニケーションになりません。
自社のビジネスを分かりやすく伝えるということについては、AGCの成功事例が参考になります。多くのビジネスマンにとってAGC=旭硝子で、ガラスの会社と認知されています。しかし現在ではガラス事業は売上の半分で、半導体向け素材などの事業が成長しています。2021年から広瀬すずさんを起用したCMで、「AGCは素材の会社」ということだけをシンプルに言い続けました。そして現在は、具体的な次世代素材を取り上げ、「素材でガンバルAGC」を訴求しています。顧客の理解進度に合わせた戦略的なCM展開だと思います。
この結果、サイトの検索数は6倍に達したそうです。おそらく「内容認知率」は大きく改善し、多くのステークホルダーの望ましい感情・態度・行動の引き出しに成功されたと推察します。
最も重要な指標は「検討意向率」と「推奨意向率」
私たちTCDでは、コーポレート・ブランディングの目標は、多くのステークホルダーの「考慮集合」に入ること、と言い続けています。「考慮集合」とは、そのブランドを利用・取引・投資・就職において、検討の対象の集合に入れているかということです。インターネットの発展によって、欲しいと思う情報はネットを通じて能動的に手に入れることができる時代です。「考慮集合」に入れていないと、顧客のほうから自社のサイトに訪問してくれることはなく、競争上大きなマイナスからスタートすることになります。さらには、「考慮集合」の中で想起される順位が早ければ早いほど、先にアクセスしてもらえる可能性が高まります。ブランディングの目標指標=KPIとしては、「検討意向率」と「想起順位」の2つを挙げておきたいと思います。
そして、近年、「推奨集合」の重要性に注目が集まってきています。より強い評価やロイヤリティが形成された場合は、人は誰かに話したり、奨めたりします。今はSNSの時代ですので、ネットで勝手に発信までしてくれます。こうした第三者の推奨情報は、何にもまして信憑性の高い強力な情報として他者にインプットされることになります。いろんな場面で自社にとって望ましい情報が還流している状態がベストであり、このためには「推奨集合」にどれだけ入れているかが問われてきます。とりわけ消費財メーカーにとって「推奨意向率」は極めて重要なブランディングの目標指標と言えるでしょう。
「推奨対象率」は、NPS=ネット・プロモーター・スコアと呼ばれます。図2のように10段階で推奨意向を聞き、9、10という強い推奨意向を示した人だけを「推奨者」とするというもので、ここから0~6の「批判者」のスコアを引いたものがNPSになります。たいへんシビアなスコアであり、より正確な指標になることが多いようです。
今回は、対外的なブランディングの目標指標についてお話ししました。もう1つ重要なものが従業員向けの目標指標です。若年層を中心に働く価値観が多様化してきており、自社へのロイヤリティをいかに高めるかは重大なコーポレート・ブランディングのテーマの1つです。若年世代ほど自社の企業理念を重視する傾向が強く、社会の役に立つ魅力的でワクワクするミッションやビジョンを示せないと選ばれにくい状況にあります。新たに企業理念の作り直し、これを梃子にしたインナーブランディングの展開については、また別の機会にご紹介したいと思います。
[筆者プロフィール]
生山 久展
株式会社TCD ブランディングオーソリティー
戦略開発、調査・分析、商品開発、販促展開まで幅広いブランディング業務に従事。30年余の実務経験をベースに、的確な現状分析から本質的な課題解決のプランニングを得意とする。