2023.05.02
せっかく作った「パーパス」を絵に描いた餅にしないために
「パーパス」を事業推進の原動力にするには?
生山 久展 株式会社TCD ブランディングオーソリティー
ついに道頓堀のグリコも「パーパス」を背負った
当コラムで、筆者が「パーパス」を取り上げたのが3年前になります。この間、企業経営における「パーパス」の世界的な拡がりについては、改めて取り上げるまでもないですね。
大阪ミナミの道頓堀。世界的な観光名所になっているグリコの看板にも「パーパス」が加えられました。それまでは「おいしさと健康」という提供価値が記されていましたが、グリコマン(外国人にこう呼ばれているらしい)の上部に白場を設けて、「すこやかな毎日、ゆたかな人生」という新たに制定した「パーパス」が視覚的に飛び込んでくるデザインに変更されています。
以下の写真を見て分かるように、グリコマンが高らかに「パーパス」を宣言しているようで、微笑ましい光景になっています。唯一残念なのは日本語の「パーパス」だけなこと。ここは世界中の人々が訪れる場所だけに、英語の「パーパス」ならもっと良かったのになと思います。
ポスト新自由主義の経営の羅針盤として「パーパス」が浮上
1990年代から、世界は30年近く新自由主義的な考え方に支配されてきました。利益至上主義、株主至上主義を進めてきたことは、もちろん良い点もあるのですが、大きな社会分断を生むなど副作用のほうが大きく出てきてしまう結果になりました。
このままでは市場や社会から支持を得られなくなった多くの欧米企業は「なぜそれをするのか」「自分たちはなぜそれをしたいのか」といった創業の原点に立ち戻ろうとしました。新たな経営の羅針盤として「パーパス」に救いを求めてきたわけです。
「パーパス」は社会や環境にどういう役立ちをするのかを表明することだと思っている人がたいへん多くなっています。もちろんこうした側面もあるのですが、それは一部に過ぎません。P&Gの伝説のマーケターとして著名なジム・ステンゲル氏は、「自分たちの商品・サービスを購入してくださるお客様、消費者の生活にどんなインパクトを与えることができるのか」であると述べています。
「パーパス」とは本業を通じて実現していくものであり、それが最も表れるのは商品やサービスだということは肝に銘じておくべきでしょう。
日本企業はずっと昔から「パーパス経営」に取り組んできた?
「パーパス」研究の第一人者である一橋大学ビジネススクールの名和高司客員教授は、「パーパス」は「目的」ではなく「志」と訳したほうが本質的と主張されています。そして日本企業の多くは昔から「志」「パーパス」を主軸に据えた企業運営を行っており、こと「パーパス」に関しては欧米が日本に追いついたのだという見方は大変興味深いです。
「志」とは「士」の「心」と書きます。「士」とは幕末の志士のように、大局観をもって現状をあるべき姿へ変革しようとした「志」のある人と言う意味で使われることが多くなっています。リーダー育成に定評のあるグロービス経営大学院の創始者である堀義人氏も、経営者に最も必要な資質は「志」であるとずっと言い続けられています。
日本には古くから「世のため人のため」という言葉があります。自分だけが良ければいいとは考えません。日本企業はずっと昔からパーパス経営に取り組んできていたわけです。
しかし、新自由主義への流れの中で、こうした日本の良い部分まで捨ててきてしまいました。とはいえ、多くの日本人や日本企業の根っこには、今でもこのメンタリティが根付いているはずです。
日本企業にとって「パーパス経営」は手慣れたやり方であり、ここで欧米企業に負けるわけにはいきませんね。さらには欧米のスタンダードであるジョブ型雇用ではなく、日本固有のメンバーシップ型雇用=家族主義の復活も今の時代に有効に機能するかも知れません。
欧米ではDiversity、Inclusionの次の企業経営の概念としてBelonging=強い帰属意識に注目が集まっていますし。グローバルスタンダードという言葉に踊らされることなく、日本の、日本人の良さを活かした企業運営にシフトしていくべきだと思います。
日本にはその他にも「相手を思いやる心」「おもてなしの心」「お互いさま・おかげさま」「利己から利他へ」「陰徳」など日本特有の精神や価値観がたくさんあります。「おもてなしの精神」で、日本がCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の先進国になったように、日本型の経営やマネジメントが逆にグローバルスタンダードになっていく可能性もあるかも知れません。
「パーパス」を絵に描いた餅にしないために
❶ワクワクする「ビジョン」をセットで作る
「パーパス」のない企業はお客様からも、そして就職先としても選ばれない時代を迎え、慌てて「パーパス」や「MVV=ミッション・ビジョン・バリュー」を制定・導入する企業が増えています。弊社にもこうした相談が数多く寄せられています。
ただ実施してみたものの、目に見える効果は感じられず、「パーパス」や「MVV」が絵に描いた餅のような扱いになってしまっているところも少なくないのではないでしょうか。
これには要因が2つ考えられます。1つは新たに制定されたワーディング、言葉の問題。前述の名和氏はよい「パーパス」や「MVV」の必須条件として、「ワクワクするか」を挙げられています。とりわけ「パーパス」は、その企業ならではのユニークなものになるに越したことはないのですが、ここはどこの企業にも当てはまるような普遍的な表現に落ち着くことが大半です。
世界的な企業の「パーパス」を見ても独創的なものを掲げているわけではありません。こうした時に「ワクワク」をどこで創り出すかと言えば、私はいつも「MVV」の「Vision=ビジョン」が大事だと話をしています。
「ビジョン」とは企業のあるべき姿を示すものです。「うちの会社はこんなことを目指しているのか」「こうなれたらすごくいいよね」というように、まずは社員の心をポジティブに動かすことができる「ビジョン」になっているかが最重要です。かつては20年後も通用するのがいい「ビジョン」と言われたものですが、10年先も見渡せない不確実なVUCAの時代の今では、5〜7年後のあるべき姿で十分です。環境が変われば「ビジョン」も柔軟に変えていくべきだと思います。
「パーパス」を絵に描いた餅にしないために
❷「パーパス」を体現する3つの「重要素」を明確にする
そしてもう1つは、この「パーパス」が事業の中で実践していくことに落とし込まれているか、です。
社外の人はもちろん社内の人にも、「パーパス」をWebサイトで表明するだけで伝わるものではありませんね。自社が提供する事業、製品、サービスの中に、「パーパス」で言っていることの片鱗が垣間見られた時に初めて共感が生まれます。
「パーパス」「MVV」への理解・納得・共感を引き出すには、以下の①自社らしい製品②自社社員らしい行動③自社らしい視覚(見た目)がどうあるべきかを規定し、これらを厳格に運用していくことがカギになります。一度決めたら簡単に変えない。長期間やり続けることでようやく「らしさ・持ち味」として認識されていくものだと思います。
わかりやすい例としては、次々と革新的なサービスを世の中に送り出してくるリクルート。彼らの新事業をやる・やらないの判断基準は、「人々の行動・習慣に、もう元に戻れないような変化をもたらすモノやコトであるか」です。
このように事業に近いところで社員が常日頃意識する目標や基準を設けることで「パーパス」を事業推進の原動力にすることができると思います。
私たちTCDは、今年も東京ビッグサイトで6/28〜6/30に開催される「広告クリエイティブ・マーケティング EXPO2023」に出展します。今回コーポレートブランディング部門のテーマはこの『せっかく作った「パーパス」を絵に描いた餅にしないために』にしました。現状の悩みや課題などについてじっくり意見交換することができますので、もしお時間がございましたら、ぜひこちらへもお立ち寄りください。
[筆者プロフィール]
生山 久展
株式会社TCD ブランディングオーソリティー
戦略開発、調査・分析、商品開発、販促展開まで幅広いブランディング業務に従事。30年余の実務経験をベースに、的確な現状分析から本質的な課題解決のプランニングを得意とする。