2022.03.16

経営は「サイエンス」か「アート」か

生山 久展 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブ・ディレクター

現在はデジタルテクノロジーの進展により、ビッグデータ、データサイエンス、データドリブン、マーケティングオートメーションなどの言葉が躍り、一見企業経営は「サイエンス」の方向へ傾倒しているように見えるが、必ずしもそうではない。一周回って経験や勘といった「アート」の重要性を説く経営者や識者も増えてきている。今回はマーケティングの変遷を振り返りながら、「経営はサイエンスかアートか」の論点を整理してみた。

マーケティングの変遷を振り返る

マーケティングの権威として著名なフィリップ・コトラー氏は、時代背景と当時求められたマーケティングの焦点を1.0から4.0までまとめてくれている。まずはここから紐解いていきたい。

マーケティング1.0 :製品中心のマーケティング(~1960年代)

需要が供給を上回っていた「作れば売れた」大量生産・大量消費の時代。マーケティングの目的は「コストを抑えて製品を作り、より多くの人に販売すること」にあった。この時代は既に日本へマーケティングという概念は輸入されていたが、多くの企業の経営は「経験」や「勘」によるものにとどまっており、一部でE.Jマッカシーが提唱した4Pのフレームワークが用いられる程度であった。

マーケティング2.0:顧客志向のマーケティング(1970~1980年代)

いろいろな企業から同じような商品が多く出回り、供給は飽和状態となり、限られたパイを奪い合う競争が激化し始めた時代。ちょうどこのタイミングで日本企業に本格的にマーケティングの概念が導入されていく。この時代の企業経営を支えた代表的な概念は、フィリップ・コトラーのSTPによる差別化戦略と、マイケル・ポーターの競争戦略の2つ。「データ」「分析」を主軸とする「サイエンス」な経営手法は、まるで打ち出の小槌を求めるがごとく多くの企業に導入されていくことになる。

マーケティング3.0:人間中心のマーケティング(1990~2000年代)

市場の成熟と企業間の同質化が進むとともに、環境や格差など社会課題が深刻化してきた時代。ここではマーケティングが上手く収益力の高いStrong Companyよりも、「世界をより良い場所にする」ことができるようなGood Companyが尊敬・称賛される。マーケティングも大きな転換期を迎え、ニーズからコーズ(=大義)、何のために企業経営を行っているのかという自社の理念・哲学・パーパスが重要視されるようになる。顧客起点ではなく自社起点へのパラダイムシフトである。

マーケティング4.0:デジタル活用による顧客の自己実現のマーケティング(2010年代~)

顧客の自己実現欲を満たすマーケティング。ここで言う自己実現とは、商品を所有・使用することで自分らしさを表現するというだけではなく、マーケティング3.0を経て社会貢献や社会寄与を含めた「自分らしいスタイル」へのこだわりのことを指す。
この間一気に進展したデジタルテクノロジーを活用して、顧客の望む「体験」を高い精度で実現していくことがマーケティングの焦点となった。

デジタルマーケティングの進展が引き起こした弊害

現在、企業はビッグデータを活用すれば、どこにどういう需要がどれだけ存在するかを正確に掌握することが可能になった。アマゾンのように極めて精度の高い需要予測により、予め売れる商品を各エリアの物流拠点に配送しておき、注文から4時間以内にお客様に届けるといった究極のサービスも実際に行われている。

デジタルマーケティングの進展は、マーケティングの概念を大きく変えた。従来のマーケティングは、事業や製品のヒット確率を高めることが目的だった。しかし、現在では未来の消費行動が可視化され、やってみないと分からないという不確かな部分が小さくなった。
「マーケティング=システム」という考えが支配的になり、企業の優劣はこのシステム構築力の差によって決まると言われるまでになった。

このように時代は圧倒的に「サイエンス」に傾倒しているように見えるが、M-Forceの西口一希氏は、顧客の行動が鮮明に可視化できるようになったために、これで顧客を分かったつもりになり、本質的な顧客心理の理解が疎かになっていると言う。顧客行動という強いファクトベースで対策を講じていればある程度の成果が得られるために、なぜそういう行動をするのかというインサイトについては思考停止。「対症療法」で何とか凌いでいるが、「根治療法」にはなっていないという指摘だ。

今こそ「アート」の重要性を再認識すべきだ

2006年に『MBAが会社を滅ぼす』を上梓したヘンリー・ミンツバーグ。当時はMBAブームの真っただ中。経営はサイエンスだけではなく、アート(=直感)やクラフト(=経験)を加味したバランスの取れたものであるべきと主張した。テクニックや手法だけのMBA幻想に警鐘を鳴らした。

BCGのエースコンサルタントだった内田和成氏も、著書『右脳思考』の中で、優れた経営者は感覚・感情、直感、勘など論理では説明できない右脳的なものを重視していると主張している。

日本のビジネススクールの筆頭格であるグロービス経営大学院。多くのMBAホルダーを輩出しているが、実はここの目的は優れたビジネスリーダーを育てることにある。代表の堀義人氏は、常に意思決定を迫られるリーダーに必要なのは「志を定めること」と言う。その入学式では、「志=自らの軸を持った侍としての生き方をして欲しい」という言葉を新入生に伝えているそうだ。

『国家の品格』の著者で数学者である藤原正彦氏は、リーダーに必要な能力は大局観だと述べている。価値基準を持たないリーダーは、個々の現象に目を奪われ本質が見えない。そしてこの大局観は幅広い教養の蓄積の上にしか培われないと。

それぞれ表現は異なるが、優れたリーダーは論理=ロジックだけでは動かないという見解で一致している。ますます高度化・複雑化していく社会において、経営者やリーダーには「アート=直観」や「クラフト=経験」に基づくクリエイティブな発想や意思決定がこれまで以上に求められてくるはずだ。

一橋ビジネススクールの楠木建教授は、著書『逆タイムマシン経営』の中で、時代時代のトレンドになった経営手法やツールに乗り遅れないようにという気持ちがはやり、経営者の意思決定を狂わせてしまう危険性があることを「同時代性の罠」と呼び警告を鳴らしている。DX、ポストコロナ、リモートワーク、ジョブ型雇用、サブスク…デジタルマーケティングは「罠」とは思わないが、企業経営の本質的な部分はいつの時代も変わらないはず。データ解析やファクトファインディングはデジタルに任せて、自らの俯瞰力の向上と大局観の涵養に磨きをかけるべきだ。経営がAIに代替されない理由がここにあると思う。

[筆者プロフィール]

生山 久展

株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブ・ディレクター

戦略開発、調査・分析、商品開発、販促展開まで幅広いブランディング業務に従事。30年余の実務経験をベースに、的確な現状分析から本質的な課題解決のプランニングを得意とする。

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