2025.01.28

年末年始の企業広告雑感

生山 久展 株式会社TCD ブランディングオーソリティー

2025年が明けて早くも1ヵ月。紛争は依然各地で続き、政権交代が相次ぐなど、今年もリスクの多い不安定な年になりそうです。中でも1番の心配がトランプ劇場。トランプ政権が今後打ち出してくる政策によって世界情勢や経済は大きな影響を受けることになります。当面はトランプ大統領から目が離せそうもないですね。


なぜ年末年始に企業広告が集中するのか?

さて、年末年始は企業広告が数多く打たれる時期です。一昔前までは新年の新聞広告が注目を集めていましたが、近年は完全にTVCMに主役の座を奪われています。この新しい流れを作り出したのは20年位前の村田製作所。当時は主に優秀な学生の獲得を目的に、年末年始に企業広告を集中投下する戦略を展開し成功を収めました。なぜ年末年始なのかと言うと、家族揃ってTVを視聴するのは1年を通して年末年始くらいだから。この「村田モデル」を模倣する企業(B2B企業中心)が増えてきたことで、年末年始に企業広告がたいへん多くなっています。

私はこの年末年始の企業広告を楽しみにしています。時代や社会の要請を踏まえて、日本企業が今後どこへ進もうとしているのかを窺い知ることができるからです。今年も古河電工、SCSK、日東電工、村田製作所、大阪ガス、神戸製鋼所、ADEKAをはじめ多くの企業広告に触れることができました。

年が改まるこの時期に、みなさん自身も1年を振り返り新しい年の目標や抱負を考えますよね。このタイミングに発せられる企業の意思表明には重みが感じられ、素直に耳を傾けることができます。今や経営戦略の最上位に位置付けられるパーパスの表明にも絶好の契機と言えます。顧客、株主、求職者、社会、社員といった幅広いステークホルダーとのコミュニケーションに最適な時期との認識が拡がってきています。


年末年始に目立っていた企業広告3選

それでは今季目立っていた企業広告を3つご紹介します。あくまでも個人的なセレクトですのでその点はご了承ください。

❶サッポロビール

年始の企業広告の代名詞と言うべき存在。箱根駅伝のトップスポンサー。かつてはセイコーが新年最初のCMを流していましたが、これと同様に新年の風物詩と言える存在になってきています。

今年の企業広告は「ビールの可能性を信じたい」という直球ど真ん中なメッセージ。また10年以上続けている黒ラベルのCM「大人エレベーター」には元サッカー日本代表キャプテンの長谷部誠を起用。今年も安定のクオリティでした。

箱根駅伝のサッポロビールのスポンサー料は8億円とか10億円とか噂されています。その費用対効果を疑問視する意見も散見されますが、私は肯定派です。番組提供の費用は高額ですが、広く社会と対話をすることができる「場」が確保されることの意義はとても大きいものです。しかもそれを視聴率30%近くに達する箱根駅伝の「場」でやれる。昨年話題を独り占めした大谷翔平のビッグゲームでも最高視聴率は20%止まりであり、いかに箱根駅伝が凄いコンテンツであるかが分かりますね。

最新のマイナビによる文系学生の人気企業ランキングでもサッポロビールは63位。同業他社に比べて売上規模は小さく、酒類比率が75%という「一本足打法」に近い事業構造であるのに、ここまで健闘できているのは箱根駅伝での繰り返し発信されるCMによるところが大きいと感じます。さらに箱根駅伝のコアファン層である中高年層に限れば、「サッポロビールを応援したい」というマインドはもっと強いはずで、投下コスト以上のリターンが得られていると私は考えています。

❷神戸製鋼所

神戸製鋼KOBELCOは、これまで企業広告にあまり積極的ではなかったのですが、この年末年始に初めて本格的に広告展開を行った印象です。俳優の奈緒を起用したCMは、難しいことをできるだけ単純化して伝えようとしていて、とても分かりやすいものでした。AGCが広瀬すずを起用して大成功した「素材の会社はAGC」に近いアプローチだったと思います。特にB2B企業の場合、社名は知っていても何の会社か分からないことが多いですよね。

この事業内容認知を高めないと、ステークホルダーの望ましい感情や行動は引き出せません。ただし一度に全貌を認知・理解させることは無理なので、AGCのようにまずは一点突破で、その後に少しずつ理解を進めていくような複層的なコミュニケーションを行うことが得策だと思います。

➌清水建設

清水建設の2008年の企業広告「子供たちに誇れる仕事を」は素晴らしいコピーで、私は今でもその時の衝撃を覚えています。このCMは日曜日の日本テレビ系20時台の「イッテQ」というバラエティ番組で繰り返し放映されました。前述したサッポロビールと同様に、広く社会と対話することのできる「場」を持ち続けて浸透に成功した形です。今回のCMは言わばその「アンサーCM」のような内容になっています。高層ビルの建築現場をワクワクした表情で見つめていた男の子が、大人になって今度は自分が建てる側になっているというもの。CMタイトルは「輝く瞳の先にあるもの」。内容構成は極めて単純ですが、大きく心が動かされました。今季の年末年始の企業広告No.1はこのCMにあげたいと思います。


デジタル全盛の今、TVというメディアを見直してみる

年末年始にTVで企業広告を打つことができるのは、資金力のある大企業が中心ですが、スタートアップ企業でも市場認知を高めるために、短い期間に絞って集中的にTVCMを展開するところも出てきています。若年世代を中心にTV離れが進み、オールドメディア扱いの逆風に晒されることが多いですが、一気に幅広くリーチすることができるというTVのメディア価値は今も変わりはありません。とりわけ年末年始はそのリーチ力は跳ね上がります。デジタル全盛の現在ですが、改めてTVというメディアを見直し、その効果効率的な活用方法を検討してみるのもいいかも知れません。


最後に パーパスを巡る世界的動向について

最後に、パーパスを巡る動向について触れておきたいと思います。
これまで経営の拠り所にしていた新自由主義や株主至上主義が瓦解した欧米では、新たな経営の羅針盤をパーパスに求めていきました。しかし、急速に舵を切った反動からか、パーパスでは人の心を動かせないという認識が拡がってきているようです。

一方、日本では「世のため人のため」の精神・価値観が浸透しているので、パーパスは依然有効に機能します。とりわけインナーブランディングにおいてこのパーパスの重要性は強まっています。日本では「売上」や「成果」ではなかなか人は動かせませんが、「パーパス」のためなら素直に動いてくれることも少なくありません。世界的な風潮に流されることなく、日本企業はこれまでもそしてこれからもパーパスを大切にしていって欲しいと思います。

[筆者プロフィール]

生山 久展

株式会社TCD ブランディングオーソリティー

戦略開発、調査・分析、商品開発、販促展開まで幅広いブランディング業務に従事。30年余の実務経験をベースに、的確な現状分析から本質的な課題解決のプランニングを得意とする。

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