2014.07.31

シリーズ企画:マーケティングの新潮流② 「パーソナル・マーケティング」

生山 久展 株式会社TCD ブランディングオーソリティー

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マーケティングの新潮流

先日、東京大学大学院の伊藤元重教授の講演を聞く機会がありました。伊藤先生はテレビ東京系の「ワールドビジネスサテライト」のコメンテーターを長く務められているのでご存知の方も多いと思います。テーマは「流通大変動~現場から見えてくる日本経済」。日本の成長戦略の中で日本企業を再活性化することは喫緊の大命題。企業側に変革を促し、国際競争力を高めていってもらうためのカンフル剤的な政策が今後次々と打ち出されていくそうです。TPPを前提とした農業の生産性の向上、法人税率引き下げ、労働市場改革、健康産業の活性化などです。これから否が応にも「変化」への対応を迫られてくるわけで、いかに柔軟かつ適切に対応していけるかどうかが企業の浮沈の鍵を握ることになるようです。

その話の中で取り上げていたのが、今年6月にスマートフォンを発売するという発表を行ったアマゾン。アップルとGoogleより安い利用料や様々な特典を用意して米国で市場参入してきたわけですが、単純にスマホ市場でのシェア獲得を狙っているとは思えません。伊藤先生もその真意については言及されませんでしたが、私は「パーソナル・マーケティング」をより一層強力に推進していくための情報インフラの強化を狙っているのではないかと推察しています。

流通業におけるパーソナル・マーケティングは、POSシステム、会員カードのポイントシステム、顧客データベースの活用などが行われてきましたが、年代や志向性などの顧客タイプでの分析といった平面的な次元にとどまっていました。しかし現在ではデジタルテクノロジーの進展により、もっと個人の行動や反応を立体的に捉えることができるようになっています。

例えば普段パソコンやスマホでサービスやアプリを利用するときにアカウントと呼ばれる登録情報を作成していますね。GoogleアカウントやApple ID、Facebookアカウントなどです。実はこのアカウントによって、登録情報だけでなくWebサイトの閲覧履歴や検索履歴、位置情報などが知らないうちに蓄積されています。どこにいて、何を見て、何を調べているかということが筒抜けというのは、少し怖い気すらしてきます。GoogleやAppleなどの事業者はこうした膨大な情報(いわゆるビッグデータ)を分析することで、より精度の高い個客対応を可能にしてきています。

伝統的なマーケティングの考え方にSTP戦略という理論があります。Sはセグメント、Tはターゲット、Pはポジショニングの意味です。顧客を価値観や志向性、消費行動などでいくつかのセグメントグループに分類し、その中から自社はどのセグメントグループをターゲットに設定するかを決めるというものです。しかし「20代女性」や「サッカーが好きな人」というセグメントで分類された人がすべて同じ価値観や消費行動になるかと言うと決してそんなことはありません。セグメントではある程度パターン化はできるものの、一人ひとりの個客を理解するという面では不十分だと言えます。前回のコラムでマーケティングの進んだ会社がデプスインタビューでより詳細に顧客を理解しようとしていることを取り上げましたが、これもお客様の行動心理や本音を正しく把握したいという個客対応強化の一環であるといえるでしょう。

実際に優良顧客の維持・育成のためのパーソナル・コミュニケーション展開などのサービスを提供している株式会社デジミホでは、「企業と消費者のより良い関係づくり」というビジネスコンセプトを掲げています。パーソナル・マーケティングはその精度が上がれば上がるほど、どうしても「怖い、うざい、気持ち悪い」という感情を抱いてしまいますが、同社の取締役の岩永直也氏は「ユーザーのことを正しく理解し、適切なタイミング、手法、内容でコミュニケーションを取れば、パーソナル・マーケティングは顧客にとって便利で嬉しいものになる」と断言されています。つまり、個人を特定することが目的なのではなく、個人に寄り添い、個人をきちんと理解するというスタンスにまず立つ。そして従来の「広告・広報・宅配」という効率重視のマーケティングではなく、「狭告・狭報・個配」というようなパーソナライズマーケティングへのパラダイムシフトを行う必要があると主張されています。

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アマゾンでは購入者が何を買うかを予め予測して、購入をクリックした時にはすぐ近くまで商品が来ているという「予測配達」というシステムを始めています。最短1時間で商品が届くようになるというから驚きです。リクルートの「Hot Pepper」は、「狭域情報ビジネス」というビジネスコンセプトで成功を収めています。消費の80%は自宅から2km圏内で済ませており、自分が行く可能性のある狭いエリア内の情報により価値を感じるということのようです。また大手量販店はネットスーパー事業を強化してきていますし、小商圏の顧客に密着した品揃えやデリバリーサービスを行うコンビニや地域スーパーも支持されてきています。

「今だけ、ここだけ、あなただけ」。これは20年近く前に囁かれていた近未来のマーケティングの姿です。当時はまだパソコンも携帯電話も普及しておらず、本当にそういう時代が来るとは俄かには信じられませんでした。Webやスマホ、ソーシャルメディアなどデジタルテクノロジーの進化によって、どこの企業でもその気になればこのようなパーソナライズ対応ができるインフラが出来上がっています。「セグメント」から「個客」へ、ビジネスの発想を根本的に変えてみると、新たなビジネスチャンスが見えてくるかも知れません。
*次回、最終回は「ユーザーイノベーション」を取り上げます。

マーケティングの新潮流

[筆者プロフィール]

生山 久展

株式会社TCD ブランディングオーソリティー

戦略開発、調査・分析、商品開発、販促展開まで幅広いブランディング業務に従事。30年余の実務経験をベースに、的確な現状分析から本質的な課題解決のプランニングを得意とする。

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