2025.02.26
デザインそぞろ話:「アート思考」をコミュニケーションツールとして捉えてみる。
川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

社内に“自信”を与え、社外に“共感”を生む、デザイン経営。
こちらでは、デザイン、ブランディング、マーケティングに取り組む上でのヒントを、それらの枠を超えた視点で探っていきたいと思います。固定観念にとらわれず新たな発想を生み出すきっかけになれば幸いです。
今回は『アート思考』について、最近気付いたことなどから話を進めていきます。
■鑑賞する人にとって「アート」はコミュニケーションツール
ポスト「デザイン思考」として登場した「アート思考」ですが、かなり大雑把な理解をすると、アーティストの思考・行動様式をビジネスシーンに応用しようとする取り組みです。しかし、ここでは少し違った解釈をしてみたいと思います。
私は、職業柄展覧会に行くことが多いのですが、昔に比べると最近は若い人も多く来場されています。小さいお子様とお母さん、学生、友達同士、カップルなど、いわゆる巨匠の回顧展や海外の名立たる美術館の巡回展ではなく、現代アート、デザイン系企画展でも、そうした方々が多く来場されています。
これまで「鑑賞」というと映画が代表的なコンテンツでしたが、ネット配信が一般化し「映画館に行く」体験価値が下がっているのもあるかもしれません。
そこに訪れている人々は口々に「すごい」「きれい」「かわいい」「よくわからない」「どういう意味だろう」と、作品を見ながら思い思いの感想を共有して鑑賞を楽しんでいます。
また友達同士であれば、作品の中に何か二人に共通するモチーフを見つけ出して笑い合ったり、「どの作品が一番好きだった?」など、作品を媒介にして様々なコミュニケーションが沸き起こってます。
■鑑賞する人にとって「アート」は場の共有
そして、そこに集まった人たちは、なんとなくその場の空気を共有して、その雰囲気自体を楽しんでいるようにも見えます。
冒頭「アート思考」について、“アーティストの思考・行動様式をビジネスシーンに応用しようとする取り組み”と申し上げました。
確かに、アーティストが何かしらのコンセプトを打ち立て、作品を通して社会にメッセージを伝える行為は、企業が製品・サービスを生活者に届けることに擬えることができそうです。
しかし、展覧会での作品を媒介にした「コミュニケーション」やその場の「雰囲気」に目を移すと、また違うアイデアが生まれてきます。
■企業活動そのものを「アート作品」として捉えてみる
企業が自らを「作品」として捉えてみる。または企業活動、製品・サービス、ブランドを「アート作品」として捉えてみると、展覧会のように見る人の解釈を前提としたコミュニケーション設計が必要になります。そして「作品」は、企業と社会が双方向で意味を生み出す「場づくり」に発展していきます。
昨今のビジネスシーンを取り巻く「パーパス」に近い考え方かもしれません。
もっとアーティスティックに考えるとどうなるでしょう?
ブランディングではとかく「一貫性」を重要視しますが、そうしたコントロールを前提としない、受け手が解釈し変化し続ける「アート思考なブランド戦略」といったことが可能かもしれません。
■もはや「一方通行」はありえない
SNSの普及により様々な“うねり”が起こっています。
マーケティング業界では数十年前すでに、インターネットの登場により情報弱者(生活者)と情報強者(企業)との立場が逆転しました。つまり、企業が発信する“宣伝”より、“口コミ”の方がより信用されるようになっています。
SNSがさらに一般化し、政界、メディア界でも遅まきながら同様の現象が起こっています。
もはや、企業側が一方的に製品やサービスを届けるということはありえないでしょう。企業と生活者の間で起こるインタラクションは何かしらの形でソーシャルで共有さます。
ブランディング、マーケティングを進めていく中で「何か面白さが足りない」と思われたときは、このアート思考をコミュニケーションツールとして捉えてみることで、おもしろい糸口が見つかるかもしれません。
[筆者プロフィール]
川内 祥克
株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター
企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。