2025.06.17
日本の美意識とデザイン 〜デザイン徒然話③
川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

社内に“自信”を与え、社外に“共感”を生む、デザイン経営。
こちらでは、デザイン、ブランディング、マーケティングに取り組む上でのヒントを、それらの枠を超えた視点で探っていきます。固定観念にとらわれず、新たな発想を生み出すきっかけになれば幸いです。
前回は、デザイン思考における“情緒的判断” の大切さについてご説明しました。
今回は、その“情緒”にもう少し深く踏み込み、日本のデザインの根源に流れる「日本の美意識」について考えてみたいと思います。
■日本の二つの“らしさ”
はじめに、海外から見た“日本”からヒントを探ってみましょう。
日本を訪れる人々は日本食や寺院を目当てに来日し、交通の利便性や治安、清潔さ、親切さも高く評価しています。
そこには、正確さ・清潔さ・親切といった「姿勢」としての日本らしさと、日本食や寺院といった伝統、近年ではマンガやゲームなどのサブカルチャーといった「コンテンツ」としての日本らしさ、二つの側面があります。
「姿勢」としての日本らしさについては、古来より“個”より“公”を重んじる日本人の価値観に根ざしています。
西洋では、日本とは対照的に“個人の尊重”が美徳とされます。行き過ぎた個人主義や合理至上主義が問題視されることもありますが、そうした価値観のギャップが、海外の人には新鮮に映るのです。
一方で、“空気を読む”という習慣は、グローバル化が進む中で非合理的と批判され、集団の誤りを助長すると指摘されることもあります。
しかし、“公”を優先することで生まれる「調和」は人々に安心感を与えます。一人ひとりが調和を尊重しているからこそ成し得る環境──そうした価値観が日本らしさを支えていると言えるでしょう。
◾️調和の美学、見えざるデザイン
続いて、そうした「姿勢」が日本のデザインにどのように息づいているか、確認していきましょう。
この春開幕した大阪・関西万博──そのシンボルである『大屋根リング』を目にすると、同じく木材を大胆に使った2020年 東京五輪スタジアムが思い出されます。
『杜のスタジアム』と名付けられた設計は、明治神宮の杜との調和を意図したものでした。
その設計を巡るデザイナーの交代劇も記憶に新しいところです。そこでも、ザハ・ハディド氏の作品という“個”の主張よりも、“公”の調和を優先した経緯が伺えます。
『大屋根リング』では虫が大量発生したという珍事もありましたが、『杜のスタジアム』も劣化やカビが心配されました。
いずれも木材で大型の現代建築を作り上げるといった、一見すると非合理的な挑戦ですが、そこに強い意志が感じられます。
根底にあるのは、日本の寺院のように煌びやかな装飾を施すのではなく、木材がそのまま風化していく、自然に馴染んでいく様に美しさを見出す美意識です。
現代でも、過度なデザインの主張は好まれないようです。もう少し例を見てみましょう。
私の好きなブランドデザインの一つに『GINZA SIX』があります。2017年、銀座6丁目に開業した商業施設です。松坂屋銀座店跡地を含む大型開発で、J. フロントリテイリンググループにとっても、銀座の街にとっても、今後を占う一大プロジェクトであったにもかかわらず、そのブランドデザインは、ネーミングにおいてもロゴタイプにおいても、全く気を衒うことのないアウトプットでした。
通例ならネーミングもロゴタイプも凝りたくなるはずですが、『GINZA SIX』はシンプルそのもの。むしろ、銀座という街の文脈を巧みに継承・更新したブランディングでした。
銀座といえばその中心は4丁目でしたが、それを忘れさせるくらいの存在感の登場を今でも覚えています。
◾️合理を超えるクラフトマンシップ
もう一つの「コンテンツ」としての日本らしさですが、こちらでも歴史を通じて世界の注目を集めてきました。
今年の初め、NHKの大河ドラマが始まる際に『新ジャポニズム』という特集が組まれました。また、ITジャーナリストの林信行氏は『Japonisme 3』というコンセプトを発信されています。
- Japonisme 3:21世紀の文化を静かに形作る力
https://nobi.com/jp/Japonisme3/
上記に沿って、日本文化の何が世界の注目を集めてきたのか、私なりに分析してみます。
・浮世絵
第一の波に挙げられている浮世絵ですが、その特徴はグラフィックデザインとしての完成度です。
当時すでに遠近法の技術は日本にも届いていましたが、最終的には透視図法的な遠近法を採用せず、あくまでも平面的な描写のまま遠近を表現するという独自の作図が主流になります。
そこには、屏風絵や襖絵で培われた日本独自の平面に対する美学があったはずです。
遠近法を取り入れた絵は途端にキャンバス全体に空間が広がってしまいます。そこからは“間”が生まれない、“ヌケ”のない息苦しさ、そんな居心地の悪さがあったのではないか。
平面を平面として美しく仕上げたい、そんな職人気質がそこにはあったのではないかと、いちグラフィックデザイナーとして想像します。
そうして生まれたオリジナリティが、油彩との対比を生み、世界に新鮮さを与えました。
・SONY・TOYOTA
第二の波は、社会学者エズラ・ヴォーゲルの1979年の著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン──Japan as Number One: Lessons for America』に描かれた通り、日本のものづくりが世界を席巻した時代です。
今も昔も日本企業の強みは「現場力」です。SONYの快進撃は、トランジスタラジオの小型化に成功した1950年代後半から始まります。真空管式ラジオでは考えられないほど小型軽量化を実現し、バッテリーの省エネ性能を高め、“World’s Smallest Radio(世界最小ラジオ)”として大きく報じられました。
TOYOTAのかんばん方式も同様に有名ですが、SONYもTOYOTAも同じく、とことん突き詰める現場力、そこに宿るクラフトマンシップが結実したのです。
・漫画・アニメ・ゲーム
今や、漫画・アニメ・ゲームは「日本の文化輸出」とも言える一大産業です。どうして日本のコンテンツがここまで人気があるのでしょうか?
これについては、逆の現象を見てみるといいでしょう。最近ハリウッドのスターモノ映画の人気が陰りを見せています。また、ディズニーやピクサーの新作が不発に終わるといったニュースも目にします。
ハリウッドのアニメづくりは、プロットの段階から絵コンテまで徹底的にフォーマット化し、合理化された制作体制がベースになっています。一時はそれがイノベーティブであると評価されましたが、今は逆に「外れ値」的なクリエイティブを生み出せない、皮肉な結果を招いています。
一方、日本のアニメの制作現場は(労働条件上の課題など様々な問題はありますが)、ある意味手づくりの部分が色濃く残っています。
ここでもビジネスマンシップよりもクラフトマンシップが優先されており、故にフォーマットを超えた創意工夫が、個性的でバリエーションに富んだ作品群を生み出しているのです。
こうした合理を超えたクラフトマンシップが、不均一さ、微細な質感、ニュアンスを生み、コンテンツにとって欠くことのできないオリジナリティに繋がっています。
◾️日本の美意識とデザイン
ここまで3つの軸――「姿勢」としてのらしさ、「調和」の美学、合理を超えた「クラフトマンシップ」という切り口で「日本の美意識」を紐解いてきました。
これらの価値観は、デザイン経営の重要テーマである「ブランディング」にどのように活かせるでしょうか。
日本に“らしさ”があるように、ブランドにも“らしさ”があり、それを形成するのは日本文化同様、企業文化です。
ブランドの“らしさ”を構成する要素として、Action Identity(行動)、Visual Identity(見た目)、Product Identity(製品・サービス)と分解することができます。
まさに、これまで見てきた「姿勢」は社員一人ひとりの行動に、「調和」は見た目に、「クラフトマンシップ」は製品・サービスにそれぞれ紐づくものです。
日本はこれまで様々な国に学び、習い、追い続けてきましたが、これからは、イタリア、北欧諸国、ドイツ、アメリカといったデザイン大国に対して、日本も独自の価値観、日本らしいデザイン観を指し示していくべき時代が来ています。
その手がかりが日本の持つ「姿勢」「調和」「クラフトマンシップ」という価値観です。
デザインは狭義の“主張”ではなく、全体観を持って“補助”する、より広義の役目があります。ブランドの環境を整え、その本質的な価値を引き出すデザインこそが、ブランドの“らしさ”を際立たせる鍵となります。
このように日本に根づいた文化を振り返ることで、より強いブランディングが可能になるのではないでしょうか。
参考)
アジア・欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査(2024年度版)
空気の研究 山本 七平(1977)
ジャパンアズナンバーワン エズラ・F. ヴォーゲル(1979)
[筆者プロフィール]
川内 祥克
株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター
企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。