2025.10.28

教養としての「書体」・後編 〜デザイン徒然話⑤

川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

社内に“自信”を与え、社外に“共感”を生む、デザイン経営。

こちらでは、デザイン、ブランディング、マーケティングに取り組む上でのヒントを、それらの枠を超えた視点で探っていきます。固定観念にとらわれず、新たな発想を生み出すきっかけになれば幸いです。

前回に引き続き、ビジネスシーンにおいて日常的になった「書体選び」の基礎知識として、和文書体、その中でも「ゴシック体」に絞って、タイポグラフィに潜む美意識を探っていきたいと思います。

■スクリーンフォントが主流に

紙面から画面へ、ペーパーレスへと大きく変化した現代。今回は、パソコンやスマートフォンに標準搭載され、ビジネスシーンにおいても、みなさんが目にすることの多い書体のルーツと個性を深掘りします。
具体的には、以下の4つの書体について開発された順に見ていきます。


 ・1993年 ヒラギノ角ゴシック(SCREEN・Mac)
 ・2004年 游ゴシック体(字游工房・Windows)
 ・2007年 メイリオ(Microsoft・Windows)
 ・2014年 Noto Sans CJK / 源ノ角ゴシック(Adobe + Google・Web)


*()内、開発メーカー・バンドルOSの順。「Web」はウェブフォント

◾️ヒラギノ角ゴシック(1993年)

ヒラギノ角ゴシックについては前回も触れましたが、SCREENホールディングス(旧・大日本スクリーン製造)が、当時開発していた自社組版システムに搭載するために開発された書体で、1993年に、プロユーザー向けデジタルフォントとして販売が開始されました。

その後、2001年に発表されたMac OS Xに標準搭載されることになった際は、印刷に耐えうる形式であるオープンタイプフォントとして提供されました。当時、印刷現場においてはモリサワ書体を使用することが前提であったため、DTP業界で大きな話題となりました。

さらに、2007年に発売されたiPhoneにも標準搭載され、今となっては日本人が最も目にしている、馴染みのある書体なのではないでしょうか。

詳しくデザインディテールを見ていきましょう。

上段は、写真植字時代のベーシックな本文書体で、伝統的な印象の「中ゴシックBBB」「太ゴB101」「見出しゴMB31」です。

これらと比較すると、ヒラギノ角はベーシックでありながらもモダンな印象を受けます。

一つには、プロポーションが正方形に近く、長体ぎみの書体に比べて優しい印象を与えます。
ちなみに、前回紹介した「新ゴ」は正方形プロポーションの代表的な書体になります。

長文など、文字分量の多い場合はやや長体の書体、サインや見出しなど短文の場合は正方形に近い書体が好まれます。
上掲の標識はヒラギノが使われており、JRの駅名やサインなどでは「新ゴ」が使われています。

デザインディテールも、毛筆的な抑揚や装飾が抑えられシンプルなデザインになっています。しかし細かなところでは曲線が加えられており、フォントデザイナーのこだわりを感じさせます。

◾️游ゴシック(2004年)

游ゴシックは、写研の社員であった鈴木勉、鳥海修、片田啓一の3人が独立し設立した会社、字游工房が開発した書体です。
字游工房初の独自書体「游明朝体」が2002年に発売され、游ゴシックはそのファミリーフォント的存在です。

游ゴシックは、読みやすさに重点を置いたデザインで、字面が小さめに設計されているので、プロポーションは「中ゴシックBBB」「太ゴB101」に近いですが、特徴はそのディテールにあります。

角の部分が徹底的に丸められているのと、所々にデザインされた毛筆の“はらい”“はね”のようなあしらいが特徴的です。

カタカナにおいても同様で、全体的に抑揚感に富んだ雰囲気は「游明朝体と一緒に使うことを想定して開発された」ことから、標準的なゴシック体とは少し異なる印象を受けます。

◾️メイリオ(2007年)

メイリオは、Windows Vista日本語版のシステム用フォントとして開発された書体で、Windowsユーザーが最も慣れ親しんでいる書体なのではないでしょうか?

Mac環境でも「Microsoft Office for Mac(日本語版)」に同梱されており、パワーポイントなどのソフトで使うことが可能です。

そのデザインはというと、これまで見てきた読みやすさに重点をおいた標準書体の類型よりは、「新ゴ」などのモダンな書体の系譜に近く、プロポーションも縦横比 95:100と、少し横長に設定されています。

細かく見てみると、「新ゴ」よりさらにシンプルで直線的にデザインされています。横長であることと曲線の造形からは“どっしり”した安定感を感じます。

また、直線と曲線の鋭角に交わる部分が塗りつぶされていますが、これは画面などで見た時の“にじみ”を解消するもので、欧文書体で一般的な工夫です。

「メイリオは、和文と欧文のデザイナーが協力して一つのフォントを作った貴重なケース」の成果の一つかもしれません。

◾️Noto Sans CJK / 源ノ角ゴシック(2014年)

Noto Sans CJKはGoogleとAdobeが協力して開発した「ベーシックな角ゴシック体フォントファミリー」です。

元々「Noto」は、Googleが世界中の言語をサポートすることを目標に開発されたオープンソースのフォントで、Chinese(C)、Japanese(J)、Korean(K)に対応しているフォントファミリーがNoto Sans CJKです。

ちなみにAdobeからは「源ノ角ゴシック」という書体名で提供されておりややこしいのですが、同一の書体です。

このあたりの細かな事情はこの場では省略いたしますが、以下のnote記事に詳しく解説されていますので興味がある方はご参照ください。

Noto Sansはオープンソースなので、Mac/Windows、さらにはウェブフォントとしても無償で使用可能です。

デザイン思想は、冒頭に紹介した「ヒラギノ角ゴシック」と同じく、現代的な標準書体を目指したものです。

Noto Sansとヒラギノとでは、ほとんど同じ書体のようにも見えますが、細かく見比べてみましょう。

ひらがなでは所々で造形的な違いがあるものの、個性としてはほぼ同じと言っていいでしょう。

漢字の方は、中国語との整合性からでしょうか、単純化する部分、しない部分の選択が異なっています。

面白いのは、漢字をよく見比べると明らかにNoto Sansの方が重心が下がっており、文字組みにした際に安定感が出ます。逆にヒラギノの方は重心が上にあることで緊張感を持った書体だと言えます。

◾️ブランドの制定書体として選ぶべき書体

最後に少し技術的な話になりますが、企業のCIガイドライン、ブランドガイドラインでは、広告や企画書など、ブランドのビジュアル・アイデンティティの一貫性を保つために「制定書体」を定めます。

2回に渡って様々な書体を見てきましたが、企業名に使う文字、キャッチコピーに使う文字、企画書に使う文字、名刺に使う文字、本文に使う文字、用途により最適な書体は異なります。

以下の文字組みサンプル*の書体の違いがわかるでしょうか?




書体が持つ性格により、古い/新しいといった印象や硬い/柔らかい、まとまり感が強い/弱い、または読みやすさや親しみなどの違いを感じていただけるでしょうか。

例えば、Windows環境でプレゼン資料を作成する際は、文字数が多く可読性を高めたい場合は「Noto Sans」を、キャッチコピーや見出し文字など、少し個性を出したいときは「メイリオ」といった使い分けがおすすめです。

ただし、メイリオは先述の通り横長のデザインでややシャープさに欠けるので、今回ご紹介しませんでしたがGoogle Fontsの”M PLUS 1″なども見出しとして使いやすい書体です。

書体を選ぶことは、伝え方そのものをデザインすることです。ぜひ今後の書体選びにお役立ていただければ幸いです。


※Noto Sans、M PLUS 1、いずれもオープンソースとして無償で提供されています。









参考)
Google Fonts “Noto Sans”

Google Fonts “M PLUS 1”

※文字組みサンプル*:いずれも上から、太ゴ、ヒラギノ、新ゴ


[筆者プロフィール]

川内 祥克

株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。

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