2025.08.26
教養としての「書体」・前編 〜デザイン徒然話④
川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

社内に“自信”を与え、社外に“共感”を生む、デザイン経営。
こちらでは、デザイン、ブランディング、マーケティングに取り組む上でのヒントを、それらの枠を超えた視点で探っていきます。固定観念にとらわれず、新たな発想を生み出すきっかけになれば幸いです。
前回は、日本の美意識について日本人の姿勢、日本人の生み出すコンテンツ、二つの側面を探ってみました。
今回はより局所的に、グラフィックデザインに欠くことのできない和文書体、その中でも「ゴシック体」に絞って、タイポグラフィに潜む美意識を探ってみたいと思います。
一口に「ゴシック体」とはいえ、それぞれの書体の持つディテールの違いが、“洗練された”または“安っぽい”といった印象の違いを生みます。
■デジタル以前の写植書体
一般のビジネスシーンではそこまで「書体」のディテールにこだわることはないかもしれません。
ゴシック体か明朝体か、標準的な太さか強調するための太字か、または、年賀状で楷書体を、店頭のPOP用に手書きっぽい書体を選ぶことがあるかもしれません。
しかしここでは、ゴシック体のその中でも標準的なゴシック体に絞って見ていきます。
1990年代に入りグラフィックデザインの現場はコンピュータ上で行うDTP(デスクトップ・パブリッシング)が主流になりましたが、それまではポスター、雑誌、パンフレットなど、全ての文字、文章が「写植」によりデザインされていました。
- 写植とは?
写真植字の略で、写真の原理を応用して文字を印画紙やフィルムに焼き付ける技術、またはそのようにして作られた文字組み。1960年代から活版印刷に代わる技術として普及した。
当時、本文用に一番よく使用された書体はモリサワ社の提供する「中ゴシックBBB」でした。デザイナーにとって一番馴染みのある書体です。

「中ゴシックBBB」について、WikiPediaでは「NHKが報道番組用テロップ書体として全国の放送局で採用した」との歴史が記載されています。
「中ゴシックBBB」は1960年代に写植文字盤として開発されました。そして1970年ごろ、文字組みを豊かにするやや太めの「太ゴB101」、見出し文字用にさらに太い「見出しゴMB31」が開発されます。それから少し遅れてポスターのキャッチコピーなどに使われる「MB101」が発表されました。

これらは、書体セット(ファミリーという)として開発されたわけではありませんが、いずれもモリサワによる開発で一貫したタイポグラフィーデザインの思想が流れています。
ちなみに、欧文書体はファミリーとして開発されることが多いのですが、それもそのはず欧文書体はアルファベット26文字、数字、記号が基本となりますが、和文書体の場合、ひらがな、カタカナ、漢字を含めて数千の文字を開発することになります。

これらの書体はデジタル時代になっても標準的な書体として使い続けられています。
一方で、こうした標準的な書体の系譜と一線を画して人気を博したのが写研の「ゴナ」です。

「ゴナ」とは、ゴシックの「ゴ」と書体デザイナーの中村征宏の「ナ」をとって名付けられたそうです。
そのデザイン思想は、ウエイトが均等で毛筆的な飾りもなく極力プレーンにデザインされ、欧文ゴシック書体との組み合わせを前提に開発されています。
ボディスペース(青い枠線)いっぱいにデザインされており、見出し文字として組みやすく、また削ぎ落とされたデザインはモダンな印象を与え、当時ファッション誌などで積極的に使われる書体となりました。

◾️DTP普及期のデジタル書体
前述の通り、1990年代に入るとグラフィックデザインの現場は「写植」から「デジタルフォント」へと移行していきます。
DTP黎明期を通して写植機の製造販売・書体開発を行ってきた二代巨頭、モリサワと写研の明暗がここからくっきりと別れていきます。
モリサワはDTPの時代が到来するといち早くデジタル化に乗り出し、1960年代に写植文字盤として開発した「中ゴシックBBB」を、1989年日本初のポストスクリプトフォントとして提供を始めました。
- ポストスクリプトフォントとは?
Adobe Systems社が開発したフォント形式で、画面表示用のビットマップだけでなくアウトラインデータを持つことで、拡大縮小してもジャギーが出ず、高品質な印刷を可能にした。
こうしたDTP界の書体開発の流れとは別に、コンピュータ界では各コンピュータメーカーが開発した書体がそれぞれのOSにバンドル(セット販売)され、提供されることになります。
そこには活字時代から培われたフォントデザインの歴史が継承されず、そのクオリティは低いものでした。

一見すると、これまで説明してきた書体と遜色ないように見えるかもしれませんが、もう少し細かく見てみましょう。

左が「太ゴB101」で、右はClassic Mac OS日本語版に標準フォント・システムフォントとしてバンドルされていた「Osaka」です。
比較すると「Osaka」は曲線がいびつで、ウェイトも所々で太かったり細かったりクオリティが高くありません。漢字になると「等線体」的なデザインになり、書体としての一貫性に欠けます。

こういった細かな差異は、文字組として組まれ印刷されるとその印刷物の印象に直接的に影響します。この差を知らない人でも「なんか違和感がある」「チープな感じがする」と感じてしまう、クオリティとはそういうものなのです。
デザイナー業界では、ウィンドウズにバンドルされていた「MSゴシック」はさらに悪名高き書体でした。
(特にウィンドウズOSでは文字の画面表示が長らくビットマップ表示だったことにも起因しますが)

左から「太ゴB101」「Osaka」「MSゴシック」になります。
「Osaka」は「太ゴB101」に比べて最後のカーブが大きく右に膨らみ、全体的に鈍臭い印象を与えます。「MSゴシック」はカーブが角張っていてそれだけでも美しさを欠いているのですが、「太ゴB101」と重ねてみると明らかに重心が左に傾いているのがわかります。
◾️DTP普及期の書体
上記と同時代に開発された書体に、大日本スクリーン(現SCREEN)の「ヒラギノ角ゴシック」があります。

「ヒラギノ角ゴシック」が開発された背景を、SCREENホールディングスのサイトから引用します。
- SCREENホールディングス(旧・大日本スクリーン製造)が、ヒラギノフォントの書体開発に着手したのは1990年。当時開発していた組版システムに搭載するため、フォントの自社開発に踏み切りました。写真製版用総合機器メーカーとして画像印刷に強みがあった当社は、ビジュアル雑誌をターゲットとし、グラフィックと調和しながらもくっきりと読める書体が必要でした。また多くの字母を持つ写植機メーカーと異なり、書体メーカーとしては後発だったSCREENは、既存の書体には類似しないオリジナルな書体の開発にこだわりました。
フォントデザインとしては、これまで紹介してきたモリサワの書体のようにクセのない標準的なデザインでありながら、「ゴナ」ほど行き過ぎないモダナイズされた印象を受けます。
ただ当時はまだそこまでの存在感はありませんでした。(後に、Mac OS Xに標準搭載されることになるのですが)
DTPが普及していく中で、もう一つ触れておくべき書体があります。それがモリサワの「新ゴ」です。

それまで和文書体には、厳密な意味でファミリーとしての書体は存在していませんでしたが、1990年「新ゴ」はL~Uの6ウエイト同時に発表され、1991年にはELとRが追加されました。その開発スピードも異例と言えるスピードでした。
- モリサワ:書体見聞
第一回 新ゴ(上)
実は、「新ゴ」は「ゴナ」の模倣だといういわくがあり、実際に1993年裁判沙汰にもなりました(1997年に和解が成立)。
その後、長い年月を経てモリサワは2021年に写研が保有する書体をOpenTypeフォント化するプロジェクトを発表、2024年から提供が始まります。その中に「ゴナE」が含まれています。
このように、モリサワは日本語PostScriptフォントをはじめて開発した会社としてDTPの発展に大きく貢献し、SCREENホールディングスはDTP普及に続く「UI・多言語Web標準時代」、すなわちスマホ時代のあるべき書体への布石をこの時に打っていたと言えます。
◾️MAC or WINDOWSを超え
現在では多くの人がパワーポイントで資料を作り、書体を選ぶことも一般的かつ日常的な作業の一つになりました。
書体には単なる文字以上の歴史やデザイン思想が詰まっています。次にパワーポイントで資料を作る時や、ウェブサイトを見た時に、書体の持つ個性に意識を向けてみると、これまでとは違う発見があるはずです。
現在では、MAC or WINDOWSという境界を超え、メディアは紙からデジタルへ、デバイスはPCからモバイルへ移行し、書体は画面用の「スクリーンフォント」が主流になっています。
次回は、Mac OS Xへの「ヒラギノ」標準搭載がなぜ画期的だったのか、そしてスマホ時代の「スクリーンフォント」がなぜ重要なのかを追いながら、書体変遷の現在地を見ていきたいと思います。
参考)
『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』小塚昌彦
[筆者プロフィール]
川内 祥克
株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター
企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。