2025.07.29
社員が定着するブランディング、離れていくブランディング
山崎 晴司 株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター

長年、さまざまな企業や商品のブランディングを支援してきたTCDですが、最近、ふと思うことがあります。少し矛盾するように聞こえるかもしれませんが、私自身、特に一人のデザイナーとして感じているのは、「ブランディングって、ちょっと息苦しくないか?」という問いです。
なぜ、社員は「整った」会社から離れていくのか?
企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)は明文化され、ブランドブックも整っている。理念研修も実施され、イントラネットでは毎月のようにパーパスが発信されている。にもかかわらず、社員が辞めていく。理念に共感して入社したはずの若手が、別の企業へと転職していく。そんな光景に、心当たりのある企業も少なくないのではないでしょうか。
ブランドが整えば整うほど、人が離れていく。丁寧に作り込めば作り込むほど、現場が「自分ごと化」できなくなっていく。この背景には、「ブランドは守るもの」という誤解と、「社員は共感すれば自然に動く」という幻想が潜んでいるように思います。
私たちは今、これまで培ってきたブランディング支援のかたちそのものを、見直すタイミングに来ているのではないかと感じています。
ブランドは、整えるものではなく、「問い続けるもの」
TCDでは、ブランドを「顧客の頭の中にある情報の集合体」と捉えています。つまり、ロゴやスローガンではなく、「らしさ」という認知やイメージそのもの。そしてブランディングとは、その「らしさ」を、企業にとって望ましい方向へと導いていく活動です。
ところがこの活動が、「固定された型」として社員に伝わってしまうと、ブランドは息苦しさを生んでしまいます。「ズレてはいけない」「はみ出してはいけない」という意識が、自由な発想を萎縮させてしまうのではないでしょうか。結果として、「ブランドらしさを守ること」が「自分らしく働くこと」と乖離してしまい、当事者意識が失われていく。そのことこそが、人材の定着を妨げる要因になるのではないか、と考えたりします。
「共感」から「関与」へ ── 社員が自分の言葉で語れるブランドへ
社員がブランドに共感しているだけでは不十分で、「共感」以上に「関与」が重要です。社員が「自分の言葉」でブランドを語り直し、日々の仕事のなかでそれを選び取り、活用していける構造をつくること。これこそが、インナーブランディングの要です。私たちはそれを「ポジティブスパイラル」と呼んでいます。
◯理解(気づき):MVVを読むだけでなく、自分の文脈で再定義する機会をつくる
◯行動(参加):理念やブランドを軸に、自分なりの意思で行動をデザインできる
◯共有(対話):実践や気づきを、組織内で共有し、他者と語り合える文化がある

このスパイラルが機能している企業では、ブランドは“守るもの”ではなく、自信や力にして、より“積極性を生み出すもの”として、日々効果的に活用されているように思います。
「伝える」から「設計する」へ ── TCDの支援のあり方
TCDは、企業と伴走しつつ、ブランドコンセプトの言語化、MVVの構築、ブランドアイデンティティやガイドラインの策定などを行いながらも、最終的にはその企業の社員が、自走的にブランドを育てていけるようにすることが、本質的な役割だと考えています。だからこそ、私たちは「余白」の必要性を常に意識しています。
ブランドブックは「守るべき型」ではなく、「新たな問いを持つためのヒント」として、そして、ガイドラインは「縛るマニュアル」ではなく、「使いながら育てる設計」へ。ブランドが「会社のもの」ではなく、「自分たちのもの」だと思えるような仕組みと対話を、企業と共につくっていくことができればと、日々思案しています。
「型」から「火種」へ ── ブランドは問いの起点
あるメーカー企業のブランド研修で、私たちはあえてこう尋ねました。「あなたにとって、このMVVのどこがしっくりきませんか?」“納得できない”という違和感を出発点にすることで、社員同士の言葉が動き出しました。
「誰の言葉なんだろう?」「こう言い換えたら、自分は動けるかもしれない」そんな言葉のやり取りを重ねながら、MVVは「貼り付けられた理想」から「自分たちの現実」へと変化していきました。
ブランドとは、規範ではなく、対話の起点であるべきです。そこにこそ、社員が自分の仕事とブランドを繋ぎ、「働く意味」を見出せる余白が生まれるのではないでしょうか。
商品・サービス開発も、インナーブランディングの延長線上にある
「定着」という観点だけでなく、社員がブランドの本質に「関与」しているかどうかは、商品・サービスのクオリティにも直結します。TCDでは、商品ブランディングにおいても、情緒的価値や社会的価値といった「意味の領域」を重視しています。ブランドを「発想の土壌」として活用できるようにするための仕掛けが必要なのです。
ある企業では、「この製品はどんな感情を生むのか?」「どんな社会への問いを含んでいるか?」といったディスカッションをしながら、開発チームとブランドを接続し、自分ごととして問い直しをするワークショップを実施しました。結果、改めてPI(プロダクトアイデンティティ)を言語化し、単なるスペックの追求ではなく、「共感できる意味」を持った商品作りの基準が生まれました。ブランドが「縛り」ではなく「火種」として機能するとき、そこに新しい創造の芽が宿るのです。
ブランドが社員に定着するのは、「理解されたから」ではありません。「納得されたから」です。その納得には、“解釈の余白”が必要です。余白のある言葉を、社員同士が語り合い、自分の体験とすり合わせながら意味を更新していく。このプロセスがなければ、ブランドはいつしか“遠い存在”になってしまいます。変えても良い、問い直して良い、使いながら育てて良い…。そう思えるブランドだけが、現場に根づき、生き続けていくのではないでしょうか。
進化するブランド支援を、ともに。
TCDはこれまで、ブランド構築・運用の多くの現場に寄り添ってきました。理念の言語化から社内浸透と定着まで、そのひとつひとつに、企業と社員の“想い”が込められていることを、私たちは知っています。
ただ、時代は確実に変化しています。人材不足、働き方の多様化、意味への欲求。社員が“共感するだけ”では動かない時代に、ブランディングもまた進化が求められています。
だからこそ、私たちTCDもまた、変わり続けたいと考えています。ブランドを“伝える”のではなく、“関与を設計する”。そして、ブランドを“守る”のではなく、“育てながら活かす”。そんなこれからのブランディングを、ともに考え、ともに実行し、ともに問い続けていけたら嬉しく思います。
[筆者プロフィール]
山崎 晴司
株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター
企業や商品に関するブランドの立ち上げやリニューアルに長年従事。 ブランドに自信と力を与え、ステークホルダーの深い共感を生み出すことを目標に、新商品開発、コンセプトや戦略策定、トータルクリエイティブをサポート。