ブランディング考

2020.01.24

ブランド・マネージャーの育て方 [第二回]
普及の壁、キャズムの越え方を考えてみる

川内 祥克 クリエイティブ・ディレクター



◼️イチから始める「ブランディング」

当コラムでは、大手企業に限らず、中小企業や地方企業、老舗メーカー、BtoB企業、新規事業の立ち上げなど、規模や業種を問わずブランディングの必要が広がる中、これから初めて「ブランディング」を始められる方々へ向けて、例えば私がそのブランディングを行う企業側の立場なら「何から手をつけるだろう?」「どういった準備が必要だろう?」と、ブランド・マネージャーに任命された気分でコラムを進めています。今回は第二回目になります。


第0回、キックオフ篇も合わせて参照いただければ幸いです
「いいモノ」から「いいコト」へ。時代はシフトしている



◼️まずは、自社の強み(ブランド価値)の棚卸しから パート2

第一回では、ブランディングの取り掛かりとして、自社ブランドが持っている価値の見直しについて話を進めました。前回は主に以下の図の「属性」の話でしたので、今回は引き続きその上位概念にあたる、機能的価値、情緒的価値、社会的価値を見ていきたいと思います。

●社会的価値:生活者が社会的に表現できる、自己達成便益
●情緒的価値:生活者がブランドに感じる、感覚的なベネフィット
●機能的価値:生活者がブランドから得られる、機能的なメリット
●属性:事業や商品のカテゴリー、セグメント


まず機能的価値についてですが、極端に言えば機能性で明らかな優位性を維持していればブランディングは必要ないかもしれません。
例えば、ユニクロは2003年、吸湿発熱繊維を使ったアンダーウェア・ヒートテックを安価な価格で売り出し、冬の必需品、定番商品を生み出しました。発売当時、その効果は多くの人に魅力を与え、また口コミでもその効果が広がり、多くの人がユニクロへと走りました。今もユニクロのヒートテックは人気ですが、機能自体はすぐにキャッチアップされます。今では様々なメーカー、量販店でも同様の機能商品を安価に手に入れることができます。

その機能を生み出している東レの繊維や東洋紡の繊維とでは、細かな機能の差があるのかもしれませんが、生活者にとって、その機能の差は大きな違いではありません。つまり、機能性でブランドの優位性を保つことが難しくなるわけですが、こうした現象は、世界的に技術力が平均化されていく中、あらゆる業界で起こっています。そこで重要になるのが、より上位に位置づけられている「情緒的価値」と「社会的価値」ということになります。



◼️「機能」から「情緒」に舵をきったサイボウズ

先日、グループウェアを提供するサイボウズ社が取り組んだブランディングの話を聞く機会がありました。以下にその時の内容に近いレポートがありましたので、そちらもご参照ください。

『成長の踊り場にあったサイボウズを一変させたコーポレート・ブランディング』
マーケティング改革10年間の裏側



1997年に創業されたサイボウズは、IBMのロータス、マイクロソフトのグループウェアなどの競合がひしめく中、大手を相手に急成長を遂げました。愛媛県で3名から始まったベンチャーとしては、まさに快挙と言えます。しかし、2005年あたりからその成長も踊り場に差し掛かります。

そこでサイボウズが行ったことが、まさにブランディングの方向転換でした。それまでの「グループウェア」としての機能的価値から、「チームワーク」という情緒的価値に軸足を移行します。

そこから第2の創業期とも言える成長を成し遂げるのですが、今では日本の「働き方改革」を牽引する存在でもあります。

そこでも紹介されていましたが、Appleの「Think Different」キャンペーンもまた、同様の手法で成功した例と言えます。Apple社を追い出され、10年を経て復帰したスティーブ・ジョブズがまず着手したのが、そのキャンペーンでした。

当時のAppleは売り上げが低迷、「3ヶ月後には倒産する」とさえ言われ、危機的な経営状態でした。しかしジョブズが行ったキャンペーンは、機能訴求どころか、製品すら出てこないキャンペーンでした。社内マーケッターからは「売れない状況下で、セールスプロモーションをしないでどうする?」といった反対意見も多かったようですが、この戦術はみごとに成功をおさめます。日本ではキャンペーンを始めて1週間、2週間であっという間に製品が売れ出したそうです。

その後、ジョブズが復帰してからのAppleの快進撃は周知のとおりです。


◼️普及の壁、キャズムの越え方を考えてみる

長らくAppleのクリエイティブ・ディレクターを務めたケン・シーガルは、その著書「Think Simple(*1)」で、当時のジョブズの言葉を紹介しています。

どんな偉大なブランドでも顧客との結びつきや活力を維持するためには投資とケアが必要になる。アップルのブランドはこの何年か、それを怠ったためにもがき苦しんでいる。ブランドを復活させる方法は、コンピュータのスピードについて語ることではない。人々の仕事の役に立つ箱を作ることでもない。アップルの中核にあるもの、それは情熱を持った人間は世界をよりよく変えられる、と信じていることだ。Think Different. ものごとをまるで違う目で見る人たちをたたえ、世界を前進させた人たちをたたえている。そして、このメッセージこそ我々そのものであり、我社の魂に触れるものだ。

1991年、パソコンやソフトウェアなどのハイテク市場において「キャズム理論(*2)」という考え方が提唱されました。ハイテク市場においては特に、新しいモノやサービス、概念自体を一般社会に普及させる必要があります。しかしその多くが、先行的なユーザー(革新者:イノベーター、初期採用者:アーリーアダプター)までは取り込めても、一般層まで広く普及する際、そこには大きな壁、キャズム(溝)とも言うべき大きな障壁があることを指摘しました。

例えば、今では当たり前のように使っているTwitterやLINEですが、立ち上げ当初はテクノ・ギークな人たちが、細々と使い始めていたのだと思います。しかし今ではキャズムを越え一般層に広く普及しています。逆に、キャズムを越えられずに消えていったサービスも山のようにあります。

今回ご紹介しているサイボウズやAppleも、まさにキャズムをどう乗り越えたかというサクセス・ストーリーです。共通して言えることは、機能的価値から情緒的価値へどうシフト出来たか? ということになります。

実は、冒頭に上げた「ブランド価値ピラミッド」は、Brand Ladder(ブランドの階子)という言われ方もします。その上昇段階をキャズムの時系列に合わせてみたいと思います。



◼️取り込むべきは情緒的価値、社会的価値の視点

こうして並べてみると、キャズム理論における各段階のターゲット層と、ブランド価値体系における段階が、シンクロしてきます。

一番左の革新者にとっては、属性の「新しさ」が重要になります。とにかく新しいものを試したい層です。次の初期採用者にとっては機能的価値「スペック」が重要になります。かく言う私も、仕事で使う道具であることもあり、マッキントッシュ(アップル・コンピュータ)を選ぶ際はスペック重視でした。

しかし、そうした目新しさやスペックは、一般層(前期・後期追随者=フォロワー)にとっては大きな問題ではなく、スペックについて熱弁を振るわれても実際は「よくわからない」といった顧客心理が正直なところでしょう。

一般層への普及に向けキャズムを乗り越えるには、それまでとはまったく違ったアプローチでブランド価値を「翻訳する」必要があります。そのヒントが、顧客にとっての「情緒的価値」と「社会的価値」にあります。

キャズム理論は、ハイテク市場だけでなく広く応用できる視点だと思います。もし担当されているブランドが「イマイチ伸び悩んでいる」もしくは「一部のファンには支持されているのだがなかなか広がらない」といった悩みをお持ちの場合は、機能的な優位性を明らかにした上でさらに、顧客がブランドから得られる情緒的な魅力や、ブランドに感じる社会的な意味に目を向けてみると、突破口が開けてくるかもしれません。


(*1)Think Simple ケン・シーガル著
(*2)キャズムキャズム2 ジェフリー・ムーア著


[筆者プロフィール]

川内 祥克
株式会社TCD クリエイティブ・ディレクター

企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。

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