2023.03.28

今「デザイン経営」に重要なのは「イノベーション」

山崎 晴司 株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター

今「デザイン経営」に重要なのは「イノベーション」

今回は、近年耳にすることが多くなった「デザイン経営」について、改めて振り返りながら、デザイナー視点で少し思うところを書きたいと思います。


改めて「デザイン経営」とは?

「デザイン経営」とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法のこと。2017年に特許庁が有識者と行った「産業競争力とデザインを考える研究会」での議論をもとに、2018年5月に『「デザイン経営」宣言』という報告書をまとめて以降、日本で「デザイン経営」という言葉が一層注目されるようになりました。その報告書の中では、デザイン経営の効果について以下のように説明されています。


“ デザイン経営の効果 =
  ブランド力向上 + イノ ベーション力向上
          = 企業競争力向上 ”

そもそも国がなぜこういった宣言を発することになったのか。それは、日本企業の国際的競争力低下が背景にあり、欧米諸国のように「デザイン」を重要な経営の資産として捉え直す必要性があると、強い危機感を持って伝える内容になっています。そして「デザイン経営」は、「ブランド」と「イノベーション」を通じて、企業の競争力の向上に寄与するとしています。


図-1:「デザイン経営」の効果
図-1:「デザイン経営」の効果
※『「デザイン経営」宣言』内の図を元に筆者がアレンジ


もちろんこれは国際競争に限った話ではないでしょう。国内においても多くの業界でサービスや製品の同質化が進む中、他社との違いを明確にするために、また、急激な社会変化に対応し常に新たな顧客価値を生み出していくためにも、デザインは大きな役割を果たします。そしてこの報告書では、デザイン経営を実装していくための取り組みとして以下の7つを紹介しています。


「デザイン経営」のための具体的取組

(1)デザイン責任者(CDO、CCO、CXO等)の経営チームへの参画
(2)事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザインが参画
(3)「デザイン経営」推進組織の設置
(4)デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見
(5)アジャイル型開発プロセスの実施
(6)採用および人材の育成
(7)デザインの結果指標・プロセス指標の設計を工夫
 


いずれもデザインやデザイナーの役割を効果的に拡大し、企業の競争優位性を上げていくために必要な施策であり、経営戦略の中枢にデザインを位置付けるということと、事業戦略策定の上流からデザインが関与するという、大きく2つの前提条件を具体化した内容となっています。これらひとつひとつの解説や、より詳しい本報告書の情報のご紹介はここでは割愛しますので、さらにご興味がある方は『「デザイン経営」宣言』をご確認ください。


「ブランディング」と「イノベーション」の両輪を回す

さて、ここで改めて注目したいのは、前述の「デザイン経営の効果」として挙げられている「ブランド力向上」「イノベーション力向上」という2つのキーワード。どちらか1つでは不十分であり、この両輪を回していくことが企業の推進力となり、価値向上、ひいては競争力向上に繋がるということを伝えています。上図に少しアレンジを加えると、以下の図のように説明できます。


図-2:「デザイン経営」の効果-2
図-2:「デザイン経営」の効果-2


「ブランド力向上」を目的とした活動が、みなさんもよくご存知のひとつ目の車輪である「ブランディング」です。ビジネスの現場ではほぼ毎日見ないことはない言葉になりました。皆さんも所属する組織において、企業、事業、製品など、なんらかのブランディング活動に参画されているのではないでしょうか。その成功の鍵を私たちTCDでは「コンセプト×デザイン×コミュニケーションの一貫性」と定義しています。こうした言語化と視覚化による、社内外に向けてブレのない理想的なブランドイメージ作りが目的であり、ブランディングとは「組織文化の醸成」と言えます。

そして、もう片方の車輪が「イノベーション」です。「イノベーション」とは、新しい商品やサービスを生み出すこと。またはそのための組織体質や機能を持つことと言えるでしょう。同質化や成熟化が進む現代において、顧客や社会に向けた新しい価値を創造することは、企業の存在価値をより一層高めるための最重要課題です。


表面的なブランディングに終わっていないか?

多くの企業やブランドが「ブランディング」を効果的に行ない着実に成果を上げていますが、一方で、あまりうまく機能していない状況もあります。その差は何でしょうか。大きな要因として考えられるのは、ブランディングを「デザインを整える」「見た目を良くする」といった視覚的なイメージ作りとして捉えられ、本質的な課題に切り込まずに進められたことが挙げられます。下図のように両輪のバランスが悪く、デザインの効果も限定的になっている状況なのではないでしょうか。


図-3:「デザイン経営」の間違い
図-3:「デザイン経営」の間違い


デザインを「良くする」こと自体は悪くないのですが、視覚的イメージを改良するためだけであれば、組織的にも大きな改革が必要ないので比較的導入しやすいと言えます。だからこそ、ブランドの本質的な課題を認識せずに、デザインを何のために「良くする」のかの基準を曖昧なまま進めてしまうと、結果的にはトレンドのデザインを参考にした「どこかで見たような雰囲気」で「イメージを統一」するだけに終わってしまう危険性があります。「ブランディング」という言葉がそこらじゅうで聞こえてくる今、ブランディングの考え方や手法自体に「イノベーション」が必要なのかもしれません。

また、SDGsなどの社会課題への取り組みが企業の共通責任となった現在では、経営戦略において、従来の発想を大きく変化させなくてはならない状況が多く生まれていると思います。しかし「実績がない」「これまでの組織文化に合わない」「コストが掛かる」といったことから、イノベーション力の向上の必要性を感じつつも、しっかりと体制を作れない状況があると思います。結果、革新的な変化を避け、限定的な変更に留まるケースも多いのではないでしょうか。

私たちは日頃、企業のブランディングや新事業の立ち上げに参画していますが、最適なブランドイメージ作りを期待されるのはもちろん、それと同等またはそれ以上に、外部の視点、さらにはデザイナー視点から「革新的なアイデアの創出」と「イノベーション活動自体の牽引役」を期待されることが増えています。社内メンバーだけでは、固定概念や主観的な考え方などから、イノベーションが生まれにくい状況にあるのかもしれません


両輪を回す原動力は「パーパス」

そしてもう1つ、イノベーションを回すために重要なのは、その原動力となるべき「パーパス」(=組織の存在意義)です。私たちが様々なブランディングや商品開発などに参画する際にも、ミッション(M)、ビジョン(V)、バリュー(V)やパーパスといった企業理念をきちんと理解することから始めます。特にパーパスは、より社会的な観点で組織の存在意義を意識した概念と言えますので、今後は従来のMVVからパーパスを軸とした経営が増えていくでしょう。

ブランディングで理想的な組織文化やイメージを作りあげるのにも、イノベーションで新しい価値を創出するのにも、そもそもこの組織が、何のために社会に存在し、どのように貢献していくのかを活動の中心にしっかり据えて、その思いを力に両輪を回していくことが理想です。2つの車輪がそれぞれ違った方向に進むようでは安定した組織運営はできません。組織が進むべき方向へしっかり進むためにも、エンジンとなるパーパスが必要です。


図-4:「デザイン経営」の理想
図-4:「デザイン経営」の理想


2018年に「デザイン経営宣言」が発表されてから、コロナ禍という未曾有の経験もあり、世界はまさに激動の5年でした。そして、人と人とのコミュニケーションのあり方や、モノやコトに対する価値観などが大きく揺れ動きながら常に変化する今、ますますデザインの役割が重要になってきたと感じます。

TCDは今後も、企業やブランドの原動力となるパーパス策定から、駆動力となる両輪のブランディングとイノベーションの実装、そしてデザイン経営のサポートを通じて、豊かな社会や文化作りに貢献したいと思います。


[筆者プロフィール]

山崎 晴司

株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター

日用品や医薬品、化粧品、食品などの様々なパッケージデザイン開発を中心に、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン等、マーケティング思考を前提にしたクリエイティブワークに幅広く携わる。また百貨店等における新ブランドの立ち上げに際しての戦略立案や商品パッケージから店頭ツール類、店舗までトータルデザインプロデュースも行う。

こちらの記事もよく読まれています

資料ダウンロード

弊社の実績資料をダウンロードいただけます

お問い合わせ

まずは、お気軽にご相談・お問い合わせください