2021.02.24
新たな時代に対応する商品ブランディングとは?デザイナーと進める顧客の「ホンネ」をつかむ商品開発(1)
山崎 晴司 株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター
社会や生活の変化が、人々の欲求にも変化をもたらす
モノが充足し選択肢が増えた現在、生活者の価値観の多様化、細分化が進んでいます。また、インターネットやデジタル技術の進化によって、顧客とブランドとの接点が多角的で複雑になりました。そしてこのコロナ禍が、さらに私たちの暮らしに大きな変化をもたらしています。現代社会は短いスパンで大きな変化が起こる不確実な時代となりました。
急激な環境の変化は、人々に大きなストレスを与え、様々な活動を萎縮させてしまうことは想像に難くないですが、一方でその変化を受け入れて、さらに快適な環境を手に入れようという思考や行動も生まれていきます。何れにしても環境の変化に順応するように人々の欲求も変化していくと考えると、その欲求を充足させることが商品開発の成功に繋がるとするならば、現代は大変難しい時代であると言えます。
そんな状況の中でブランドが勝ち残るためには、広告で露出をあげたり、デザインで見た目だけ整えるのではなく、まず改めて自社商品を「強くすること」が重要です。強くするとは、顧客の「共感」を得られる本質的な価値を再構築すること。しかし、変化が早い時代において、自社が持つ強みや価値を「顧客視点」に置き換えて、顧客に魅力的な提案ができておらず、商品ブランディングの成果が思うように上がらないことも少なくありません。
顧客視点で「潜在的な欲求」を見つけるのが鍵
またその「顧客視点」においても、顕在しているニーズはすでに世の中で商品として形になっているものが多く、あらゆる業界でモノの平準化が進んでいるのはご承知の通り。「欲しい」という欲求が低下していると言われる現代の成熟社会において、商品ブランディング、特に商品開発段階で必要なのは、顧客価値のイノベーションを実現できるアイデアです。
イノベーション(革新)と聞くと、技術の進化を伴った大掛かりなものを想像するかもしれませんが、それだけではありません。ちょっとした視点の変化やきっかけによって、これまでの常識や慣習を打ち破るようなアイデアが生まれる場合も多くあります。ではどうすれば新しい価値の創出が可能となるのか。 それについては以下のように、大きく二つのことが挙げられるのではないかと思います。
1)ニーズを聞くのではなく「インサイト」を掴むこと
2)「カタチ」にして評価していくこと
ここでいうインサイトとは「ユーザーが持つ隠れた本音」または「深層心理」のことです。これを掴み、活かすことがヒット商品を生む鍵になります。
言葉が「本当の気持ち」を表現しているとは限らない
ひとつめの、インサイトを掴むことが重要なのは何故か。それは顧客に何が欲しいかを聞いても、出てきた言葉は必ずしも本当の気持ちを表現しているとは限らないからです。「ドリルを買いにきた人が欲しいのは、ドリルではなく『穴』である」という、アメリカの経済学者セオドア・レビット博士が1968年に発表した「マーケティング発想法」で紹介された有名な話がありますが、もし顧客に「ドリルが欲しい」と言われてそれが無い場合、「ありません」とだけ答えるでしょうか?
「何故ドリルが欲しいのですか?」と聞き返すことで、初めて「〇〇に〇〇の穴を開けたいからです」と、その目的を聞くことができるでしょう。実は一般の人にとって、自分の思いを言葉に表すことは難しく面倒な作業でもあるのです。しかし、ここまではあくまで顧客の目的=ニーズを掴んだだけ。ちなみに、ドリルは目的を達成する手段=ウォンツです。ではインサイトとはどういうものか。
インサイトとは、この話で例えるなら、「なぜその穴を開けたいのか」という動機の部分です。それは本人でさえ明確な言葉で目的化できていない隠れた欲求、「家族にカッコイイところを見せたい」ということかもしれません。このコロナ禍でおウチ時間が増えた男性の多くが、料理やDIYに目覚めたのはご承知の通り。先のドリルを欲しがる人は、おそらくリビングかどこかにお手製の棚を製作しようとしたのでしょう。そういう私自身も頻繁にホームセンターに通いました。
また、お菓子のブランディングに関わった際に耳にした話で印象的なのは、新商品開発の機会で、ユーザーにどんなお菓子が食べたいかと聞くと「健康に良いお菓子が欲しい」という意見が割と多くあり、素材や製法に拘って製品を完成させ、その拘りについて理解してもらうための広告もしたが、結果的にはあまり売れなかった、という残念な話。お菓子を食べる時は色々と気にせずに、思いっきり美味しさを楽しみたいというのが「ホンネ」だということです。
人は、形で見せてもらうまで、自分が何を欲しいかは判らない
イノベーションを生むもう一つのポイントである「カタチにして評価する」については、アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏の「人は形にして見せてもらうまで、自分が何を欲しいかは判らない」という言葉にその意味が集約されています。特にこれまでにない斬新なアイデアは、形にして提示されなければ、周囲の理解や賛同を得ることが難しく、何よりプロジェクトが上手く進んでいきません。どれほどの数の良いアイデアの種が、賛同を得られず開発過程で消えていったのでしょうか。
実際、ある企業で弊社がアイデアを形にするお手伝いをしている例があります。それは企業の開発担当者が考えた「アイデアの種」を、弊社が商品化を想定したデザインやプロトタイプとして作成し、アイデアのポテンシャルを協議する会議に提示するというもの。また、それを遡るアイデアを作るタイミングで一緒に国内外の市場を視察し、その結果を元にアイデアブレストを行い、その場でスケッチを描いたり、ラフデザインを作って協議する、といったことも。商品開発の川上からの参画は珍しいことではありません。
また、形にすることがプロセス的に効果があり、顧客の心を動かす意味においても、よりデザインが重要であることの理由は、結局、人は感情でしか動かないということ。言葉という論理的な方法だけではなかなか人の気持ちは動きません。デザインには人の感覚に作用する大きな役割があり、前述の「欲しい、が低下している」現代においては特に重要です。なんとなく良い、であったり、なんだか好き、などといった、曖昧だけれど、しかし確実に、他者よりもアドバンテージを獲得するためには、デザインが力を発揮するところです。
以上のように、革新的なアイデアを世の中に出すためには、言語化と視覚化を繰り返しながら検証するプロセスが非常に有効だと思います。そして、顧客の共感を得る商品づくりをするためにも、まだまだデザイナーがお手伝いできることがあります。
次回は、我々が提供する、新たな顧客価値創造のための商品開発のプロセスについて、具体的にご説明したいと思います。(つづく)
[筆者プロフィール]
山崎 晴司
株式会社TCD 代表取締役社長 クリエイティブディレクター
日用品や医薬品、化粧品、食品などの様々なパッケージデザイン開発を中心に、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン等、マーケティング思考を前提にしたクリエイティブワークに幅広く携わる。また百貨店等における新ブランドの立ち上げに際しての戦略立案や商品パッケージから店頭ツール類、店舗までトータルデザインプロデュースも行う。