2020.12.28
「インサイト=隠れた欲求」の発見がヒット商品を生む 開発を成功させる絶対条件「ユーザーインサイト調査」
現在は、「モノ」が行き渡っていて、とりたてて「欲しいものがない」消費者が増えています。一方、商品開発も一巡しており、機能や品質での差別化は難しくなっています。
このため、コンセプトが中途半端で不明瞭な新商品では、目の肥えた現代消費者の購買意欲を喚起できません。ヒット商品は、なかなか生まれにくい状況にあるのは確かです。商品企画や開発担当者にとっては大きな悩みでしょう。
しかし、こうした状況下でもヒット商品は生まれています。この「違い」はどこにあるのでしょうか。「どうしたらヒット商品ができるのか?」その答えは、消費者自身も気がついていない「隠れた欲求」を見つけられるか、に尽きます。
今回は、弊社で開発をお手伝いした事例を交えながら、消費者の潜在的なニーズを探る「ユーザーインサイト調査」について具体的に説明していきます。
大ヒットとなった新しいお椀「WAYOWAN」
私たちが携ったプロジェクトに「お椀」の開発があります。“WAYOWAN”という商品名で、多くのGMS[General merchandise store=総合スーパー]やホームセンター等で取り扱われ、ユーザーにも好評を得ている商品です。
WAYOWAN【和洋椀】の名の通り、和食にも洋食にも合う、現代の多様な食生活に寄り添ったお椀となりました。また、スタイリングだけに留まらない生活上の利便性、スタッキングによる収納効率も考慮することで、新たな機能を有した器として、お椀のイメージを一変させました。
ユーザーの皆様の反応は、ブログやSNSからストレートに伝わってきます。これまでには無かったカタチにも関わらず、受け入れられ方は予想以上です。それに連動して、クライアントメーカーの目標値も大きく達成することができました。
この成果は、特許庁が推進するデザイン経営の成功例として、事例が紹介されるまでに波及しています。
→ 「デザイン経営」の課題と解決事例(特許庁WEBサイトより)
「WAYOWAN」のキーインサイトは何か?
消費者に「欲しいお椀を教えてください」と尋ねても、すぐさま新商品になるアイデアを得られることはありません。なぜなら、人は自身が自覚している欲求とは別に「潜在的な欲求」があるからです。それを洞察することがインサイト調査の目的です。
※【insight】とは、見識、洞察、深い理解のこと。
“WAYOWAN”開発の際も、「ユーザーインサイト調査」を実施しました。まず行ったことは、2通りのデータ収集です。
◇ ユーザーインサイト調査におけるデータ収集
・ヒアリング・・・・ユーザーの意思や感情を聞き取る
・行動観察・・・・・実際の生活状況を観察する
「ヒアリング」は、インタビュー形式で行います。対象者は、購買が期待される年齢層の女性です。しかし、それだけではなく魅力的な商品を常に求めている消費感度の高さも重視されます。
TCDには、多数の女性が在籍しており、デザイナーとして活躍しているママさんもいます。仕事の上でも、生活でも商品を評価する眼力に長けた彼女たちデザイナーは、適格なインタビュー対象のユーザーです。この時にも協力を仰ぎました。
インタビューでは、生活上の行為や気分から情報を引き出すことを心掛けます。それらは、参加者が自然にする会話の中から読み取れます。今回のグループインタビューでは、5人の参加者が積極的に発言し、各家庭の食卓の本音が次々に表面化する状況になりました。
その中で注目した、あるママさんデザイナーの発言です。
− 食事の献立は和洋半々です。それに合わせて相応しい食器を使い分けています。
− 食器は買い物ついでに探します。なかなか良いと思える品に出会うことがありませんね。
献立によって使い分けるというこだわりが見て取れます。ポイントは、機能的な理由だけで選ぶのではなく、食卓の雰囲気に添った心地良さを食器に求めているという点です。
汁物に関しては、洋食のバリエーションが増えたことで、味噌汁を食す頻度は以前より減少しているとのことです。洋風スープを食べる場合はボウル皿やスープカップを利用するのでお椀は使用されません。お椀の出番も限られていると感じます。
そこである疑問が浮かびました。お椀とスープカップでは何が違っているのでしょうか。
この流れで改めて意識されたこと。それは『お椀をお箸と一緒に手に持って使用する』という日本独特の食事スタイルでした。お椀は、フチと高台(底に設けた台)を挟んで持つことで、熱い汁物を口に運ぶとき、手に熱を通さないカタチとなっています。器を持ち上げない西洋食器との明らかな違いでした。機能によりイメージが形成され、食事の気分にも影響を与えていたのです。
ユーザーインサイトから導く商品コンセプト
一方で、「行動観察」として各家庭で使われる食器や食器棚の写真を持ち寄ってもらいました。
写真からは、全ての家庭が、限りある収納スペースを多くの食器が埋め尽くしている様子がうかがえました。新しい食器を購入するには今ある食器を処分する必要があるかもしれません。お椀に注目すると、その丸みを帯びた形状の特徴から他の食器に比べて、収納効率の低さ、スタッキングの不安定さが目立っています。
「ヒアリング」と「行動観察」によって、ユーザーが製品を使用する背景が理解できてきます。理想の使い勝手は何か、反して現実はどうなのか、理想と現実のギャップをどう感じているのか。ユーザーに対する深い洞察によって、今ある課題が見え、自ずと解決のアイデアが生まれます。
このとき考えたアイデアは、「お椀」を味噌汁だけに使うのではなく、ポトフやミネストローネを食べるときにも使えれば、ボウル皿やスープカップの代わりになり、食器を減らせるのではないかということです。それに加えて、収納効率も改善できれば、使い勝手が良い食器という新たな価値になります。
ユーザーインサイトからのアイデア
・和食、洋食どちらにもフィットするスタイル
・食器棚で効率の良い収納性
・サイズ展開があって多目的に使える
このように、生活者が実際に行っていることや、感じていることを一つひとつ拾い上げ、それらを総合的に判断することで、次のような商品コンセプトが導かれました。
「現代の食事スタイルに調和して、きれいに収納できる、家族みんなの使い勝手が良い器」
このコンセプトが、結果的には商品をヒットさせる要因となるのです。
常識・通念を疑い、新しい視点を発見すること
ユーザーインサイト調査とは実のところ何を調べているのでしょう。そして、先ほど述べた「消費者自身が自覚していない潜在的な欲求」とはどういうことでしょうか。
インサイト調査からコンセプト策定までの流れは、次のようなプロセスをたどります。
- ヒアリングと行動観察で、ユーザーの実態を把握
- ユーザーの行動や感じ方、状況の意味を総合的に理解し、本質的な課題を抽出
- 問題を解決するアイデアを創出
- 開発の基本方針となる商品コンセプトを策定
ユーザーインサイトは2のフェーズで把握します。ここで大切なことは、これまでとは違った「新しい視点」を見つけることです。
多くの消費者は、これまで経験してきた世界で物事を判断します。この経験則の中で考えているだけでは、いつまで経っても「新しい視点」を得ることはできません。
これまでの常識・通念を疑い、ここからはずしたりずらしたりした仮説をぶつけてみることが必要です。消費者自身もモノとして提示されて初めて「これが欲しかった」ということに気がつくわけです。そのため消費者ニーズを調査するときは、なるべく実際の商品に近い形のものを提示することが望ましいでしょう。
「仮説」をぶつけ、消費者のリアルな反応を見極めること。それこそが「欲しいものがない」時代の今、ヒット商品を生み出す唯一の鉄則と言えます。
「使う人への想い」を込めた商品が消費者の目にとまるとき、その魅力は自然に伝わり、人から人へ浸透して広がります。ヒット商品を生み出す要に、「ユーザーインサイト調査」があるのです。